2022/07/09 のコメントです。
ある経済研究者は、投資とは将来に向けた行動であるため、テクニカル分析のように、過去を振り返って分析しても正しい答えは得られないと言った。過去のデータは必要ないと言うのだろうか。確かにそうかもしれない。
しかし、拡大解釈して、それらが正しいと言うならば、経済統計だっていらなくなる。経済統計は過去の数値と比較し現在の水準を推し計る。そして将来の展望を予測するものであろう。極論すれば、それらが正しいとすれば歴史の勉強をすることも必要ないだろう。
ファンダメンタル分析においても、過去のデータと現在のデータを比較し、さらに来期の見通しなどを加味して分析するのであろう。そこに「過去のデータ」が存在していなければならない。
テクニカル分析は過去のデータを読み解くのである。テクニカル分析は、これまでの経過と変動パターンを解析するだけである。これらの経過を知り、変動パターンから今後の方向性を見出すのである。であるから、将来の方向性を見出すために過去を研究するのもであると理解している。
歴史を学ぶに当たっても、過去の正しい面や間違った面を理解し、現在や将来において役に立てようとするものです。つまり、過去を知らなければ、将来への対策や見通しをたてることができない。過去を尋ね新しきを知るである。すなわち温故知新である。
大学の経済学部などでは、経済概論や経済一般、さらには金融工学などを学ぶのだろうが、そこにテクニカル分析はない。よって、投資の世界を経済活動の一部と考えれば、経済概論や経済学一般、金融工学などが正しいアプローチとなるのでしょう。しかし、大学ではテクニカル分析が存在しないため、テクニカル分析は邪道と写るのかもしれません。
エコノミストでもある中原圭介氏は「金融工学など経済学にも複雑な数式が登場します。ですが、これは経済学自体の怪しい出自を隠すための偽装でしかありません」と述べている。
これらを証明するかのように、日本の経済学者が経済理論を駆使して投資の世界で大儲けしたという話を聞いたことがない。評論家としてはもっともらしい話をしているようだが。有名な経済学者が在籍する大学が、デリバティブ取引で大損をしたという話は聞いている。
裁量的な売買をしている投資家だって、過去の多くの投資体験に基づいで売買の判断をするであろう。過去の経験が少なければ説得力に欠けるし、経験が多ければ、その判断も的確なものとなろう。
結局、テクニカル分析もファンダメンタル分析も裁量的な売買も、すべで過去のデータなり経験によって投資判断を行うのではないだろうか。つまり、過去に基づいて現在があり、将来も予想できるのではないでしょうか。であるから、一方的に、どの投資手法が正しく、どの投資手法が間違っているなどとは言えないと思います。
よって、どのような投資手法であっても、各自の投資手法に自信を持って売買を行えばよいのです。投資に対する自信は、おおむね過去の経験の長さに比例するものです。これは当然ながら、ある程度投資の基礎知識を身につけているという前提となりますが・・・。
自信を持った投資手法で運用してもうまくいかないこともあります。うまくいかないほうが多いかもしれません。そのような時は、過去の売買の履歴やデータを振り返って検証するべきです。自分の投資手法を身につけるには、この検証の繰り返しです。根気の要ることですが、あきらめず繰り返すのです。力(成果)とは繰り返しの結果なのです。現在の投資成績は、投資家自身の過去の体験の結果なのです。
『現在の自分の姿は、過去の決断の結果である。現在の決断は将来の自分の姿となる。今、何かを決断しなければ将来は何も変わらない。』 |