SPS-DIARY

: TOP : : SEARCH : : LOGFILE : : ADMIN :

…知って得するページ…

   ≪ 投資における対処法 ≫
2015/09/30(Wed)

2015/06/07 のコメントです。

株式市場も高値となり、初心者の参入も考えられます。今回はそのための解説ですが、キャリアのある投資家においても初心を忘れず、投資の基本を再確認していただきたい。

投資で負けてしまったら投資家は次に何を考えるでしょうか。負けを認めて市場から撤退するでしょうか。もちろん投資金がなくなってしまったら、投資家の意思に係わらず退場する以外はありません。

まだ投資歴が短く、余裕資金が残っている場合は「投資の損は投資で取り戻そう」と考えるはずです。100万円の損を出したら、急いで100万円を取り戻すために必死になります。マイナス100万円が頭にちらつき、そこに損を認めたくない心理やブライドが働くわけです。

しかし、投資市場はそのような個人的な問題を受け入れる場所ではないのです。投資家は損を取り戻そうと冷静さを失い、負けると投機的になり、通常は取らないような高いリスクを選択しがちです。

損を被り慌ててしまうのは、投資を始める段階で損失の許容範囲や損失が発生した場合の対処法をあらかじめ決めておかないからです。投資で損をしないことはあり得ないわけですから、事前に対処法を決めておくことにより慌てることはなくなるはずです。

その対処法とは、

あらかじめ自分自身の最大損失金額を決めておく。儲かるとつい気持ちが大きくなり最大損失金額も忘れがちですが、この最大損失金額についても、いつまでは必ず実行するという期限を設定することです。その期限は絶対厳守すること。

投資市場ではプロもアマも同じ土俵で勝負します。ハンデキャップは一切ありません。自分の投資キャリアなどを考え慢心することなく、儲かっても損をしても常に平常心で投資活動に努めること。特に初心者はリスクの低い銘柄に投資するとか、投資金を少なめにするなどの対策を講じます。

投資初心者であれば、ある程度の損失は「授業料」として捉え、その損失の原因を検証して次の売買に生かすぐらいの気持ちも必要です。

どのような投資手法でも良いのですが、自分で決めた投資手法は期限を設定して、その期間はたとえ損失となっても実践すること。自分で決めた投資手法でも、3回も続けて負けるとすぐに止めてしまう。これでは何の経験にもなりません。

投資の世界は自己責任です。自分の決めたルールも守れないようでは投資家失格です。即刻退場すべきです。ルール厳守以外に市場にとどまることはできないことを肝に銘じておくことです。



   ≪ 専門に特化すべき ≫
2015/09/27(Sun)

2015/05/29 のコメントです。

投資において一番大切なものは何か?。投資に対する考え方、投資手法、情報の入手など大切なことはたくさんあります。どれを取っても欠かすことはできません。しかし、個人投資家がこれらをすべて網羅することは不可能でしょう。

ご存知のように投資世界では、どの考え方、どの投資手法が正しいということはありません。すべて一長一短があり、これが絶対、これが完璧ということはないのです。翻って考えれば、どのような考え方や投資手法でも収益を上げるチャンスはあるということでもあります。では、このような問題に対して、個人投資家はどのようなアプローチをすればよいのでしょうか。

このような問題に私は「専門に特化すべき」と考えています。何かひとつの方法に特化して投資すべきであると思います。ファンダメンタル分析でもよし、テクニカル分析でもよし、短期売買でも長期投資でもよし。誰にでも得意な分野というものがあるはずです。それらに特化して、その分野を深く掘り下げていくべきです。

ちなみに、私の場合は「テクニカル分析の短期売買」に特化しています。昔から、「専門は強い」と言われています。商業で言えばデパートではなく、専門店ということになります。たとえば、三越ではなくユニクロとなるでしょうか。

現代社会は情報があふれています。私は「情報過多は迷いを引き起こす」と思っています。「情報の90%はノイズ」とも思っています。専門分野を持たない投資家は常に情報に振り回されてしまいます。「こっちの水は甘いぞ、あっちの水は苦いぞ」となって、最後にはどっちつかずになります。

相場には絶対はないので、やはり自分の得意分野で、その研究に特化するべきです。しかし、長く相場の世界で活動していると、自然に自分の投資スタイルができ上がってくるものです。損益は別として、それがまさに自分のスタイルに合った投資手法ではないかと思います。

しかしながら、自分のスタイルで投資活動をしても一向に成果が上がらない。どうしたものかと考えるも、その答えが見出せない。そこで「他の投資手法は?」となる。結局は他の投資手法でも結果は同じです。遠回りしているだけです。自分に合わない投資手法では、最終的にストレスが積み重なり途中で頓挫するのは明白です。

長年投資活動をして、現在の投資手法にたどり着いたのであれば、その手法を徹底的に研究してみることです。その手法が自分に一番合っている手法なのですから。今まで気がつかなかった「何か」が見出せるはずです。そして、この分野では誰にも負けないという気構えが必要です。

私の語録に「答えは常に自分の手の中にある。ただ気がつかないだけである。今まで自分が辿ってきた道に、その答えがある。」とあります。これも自分の体験から出てきた語録です。

私も投資初心者のころはどの手法が良いのかと迷いに迷った時期もありましたが、今では「テクニカル分析の短期売買」の軸はぶれることはありません。今でも短期売買について研究を怠らず、わき目も振らず頑張っています。なぜなら「テクニカル分析の短期売買」が自分に一番合っているからです。

自分の得意分野を見つけ、その分野を深く掘り下げ専門家になることが、投資で成功するひとつの要因なのではと考える今日この頃です。



   ≪ 値段は常に正しい ≫
2015/09/19(Sat)

2015/05/2 のコメントです。3

お金を稼ぐことは楽しいものでもあるがお金を使うのも楽しい。女性たちはショッピングを楽しみブランド物に興味津々である。好きなものを購入し満足感に浸る。一方、男性陣はブランドのゴルフクラブを購入し、あれやこれやとウンチクを語る。腕前は別にして・・・。

私は物にはこだわらない方であり、ブランド物にもあまり興味がない。たまには私も買い物に行きますが、最近は商品の種類が多すぎてどれを選んでよいの分からなくなってしまうことがある。私だけかもしれませんが、携帯電話などはどの機種を選んでよいのか迷ってしまう。

私は買い物する時にはある程度の基準を持っています。それは一番安いものは買わないということです。では一番高いものを買うのかというと、そうではないが高めの商品を選んで買うようにしています。これが私の買い物の基準です。とにかく安いものは買わないということです。

物を売る立場からは、できるだけ商品を安くしてたくさんの商品を売りさばきたいところでしょうが、仕入れが高ければそうそう安売りはできない。高い商品にはそれなりの価値があるから価格も高いのである。であるから、私は価値のあるものを購入したいため、あまり安い商品は買わないようにしている。一番安い商品の製造元を見てみるとほとんどが「Made in China」である。

商品などは「値段は常に正しい」と私は考えています。高ければ高いなりの価値があり、安ければ安いなりの価値しかないものでしょう。よって、私は安物は買わなようにしています。「安物買いの銭失い」ということわざがあるように・・・。

さて、以上のような考え方を投資の世界に当てはめてみましょう。「投資市場は効率的である」という理論があります。たとえば、割安に売られた銘柄は、いずれ適正な位置に戻るという理論です。一方「現在の株価は常に正しい」という考え方もあります。

どちらが正しいかは別として、私としては後者の「現在の株価は常に正しい」という考え方です。現在の株価はすべてを織り込んで現在の株価になっているという考え方です。

反論もあると思いますが、私の考え方からすれば、現在において株価が高いということは、それなりに価値があると捉え、現在において株価が安いということは、それなりの価値しかないということにならないでしょうか。

投資とは価値のあるものに投資するわけです。価値のないものに投資する人はいないと思います。このような考え方からすると、現在の株価が高いということはそれなりの価値があるということになりませんか。であるならば価値のある株価の高い銘柄に投資することが正しいとなりませんか・・・。

投資家は常に株価の安い水準にある割安銘柄を探します。そして、そのような銘柄に投資します。しかし、その結果として個人投資家の97%は損をしているという現実になっているのでは・・・。

前回「ピラミッディング」について解説しましたが、ピラミッディングは高いところ、高いところと買っていくわけですから、上記の理論からすれば、価値のあるものをどんどん買って上がっていくことになります。極論かもしれませんが・・・。

投資においてはそれぞれん考え方があり、上記のような考え方は相容れないかもしれませんが、一考の価値はあるのではないでしょうか。



   ≪ ピラミッディング ≫
2015/09/16(Wed)

2015/05/16 のコメントです。

株式投資を距離を置き客観的に見た場合、株式市場は上場企業の資金調達の場であり、また企業の将来性を見込んで資金を投資する投資家の集まりの場でもある。投資家は企業の将来性に投資するわけですが、上場されている企業の多くは収益を上げているにも係わらず、投資家は一向に収益を上げていない。何故だろう。

今回は投資家が収益を上げられない問題点を掘り下げてみたい。まず、株式投資で収益を上げるには「相場観測」「銘柄選択」「売買テクニック」の三要素が不可欠とされます。

「相場観測」は、投資にとって一番重要な項目です。今後の展開が上昇か下降かがある程度分かれば相場で絶対に勝てます。しかし、予想はするものの当たり外れは五分五分でしょう。であるならば、相場観測から判断すれば収益はトントンになるはずです。しかし、多くの投資家が損をしている現状から見れは、問題は相場観測だけではないような気がします。

では「銘柄選択」についてはいかがでしょう。「投資成果は銘柄選択の如何に係わる」「投資は情報の先取りである」という投資家も多いようです。しかし、情報収集の早い遅いは多少あるかもしれませんが、インサイダーは厳しく処罰されますし、現在は、ディスクロジャー(企業の情報開示)された情報がある程度公平に公開されいますので、銘柄選択が多くの投資家に損を招いているとは考えにくいところです。

「売買テクニック」についてはいかがでしょうか。売買テクニックは株価のどこのポジションで買うか売るかの判断であり、よって、この売買テクニックが投資家の収益に大きく左右するとは考えにくい。

では、上記の内容からすると投資家が大きく損をする決定的な項目はないような気がします。問題は別のところにあるのでしょうか・・・。

何が多くの投資家の損を招いているのでしょうか。投資家が大きく損をする決定的な要因は「感情的な売買による損大利小」ではないだろうか。これらのことについては当欄で何度も解説してまいりましたのでご理解いただいていると思います。

当たり外れが五分五分の世界で、損は大きく利益は小さくでは儲かるはずもありません。これが投資で収益を上げられない決定的な要因であることは間違いありません。このことを正さない限り投資での収益はありません。

さて、問題はこれだけでしょうか。まだ他に問題はないのだろうか。私は今まで、今回のテーマについて解説はしてきませんでした。なぜなら、投資家に受け入れられないと考えたからです。現実的に無理があるからです。しかし、反論もあると思いますが、考え方としては受け入れられるかも知れないと思い、初めて解説いたします。

多くの投資家が何年たっても収益が上げられない問題点。それは「損大利小」のほかに売買の手法にあると考えます。一般に投資家は「安いところで買い、高いところで売る」ことを投資の基本として売買されていると思います。

そのため、できるだけ株価の安いところを狙い仕掛けます。もし、さらに株価が下げるようなら買い増しして平均コストを下げようと考えます。しかし、私はこのような売買を完全に否定します。

以前に「株価の高いところで買って、さらに高いところで売る」という方法を解説したことがありますが、正しくは「高いところで買って、さらに高いところで買い増しする」ということです。私はこの手法が正しい売買手法であると考えています。

私は以前に、これらについて検証を行いました。「買い上がり手法」と「買い下がり手法」を比較した場合、買い上がり手法は多くの利益を手にしますが、買い下がり手法は多くの損失を招く結果となりました。買い下がり手法が、まさしく現在の投資家の成績(多くの損失)となっているのが分かります。

買い上がり手法を実践で証明しているのが、投資家W・Dギャンです。テクニカル分析の理論はギャン理論と呼ばれます。ギャンはピラミッディング(買い乗せ、売り乗せ)という手法で成功を収めています。

ピラミッディングとは、値動きに対して順張りで仕掛け、相場のトレンドに乗って、買い増しして利益を上げる手法です。空売りについても同様に売り下がり(売り増し)で対処します。当然ながら、この手法は資金管理や売買ルールが構築された上で実践されるべきです。

ピラミッディング手法は、個人投資家では心理的、感情的に実践できないのではないかと思います。株価が上がれば、最初に買った価格よりさらに高い水準で買い増しするわけですから、安値買いになれた投資家には、かなり勇気が必要でしょう。通常では利食いするポジションなのに新たに仕掛けるわけですから・・・。「仕掛けは順張り、気持ちは逆張り」とはこのことです。

たとえば、100円刻みで買い上がるとした場合、買い上がりができる時は持ち株は常にプラス評価です。一方、買い下がりの場合、買い下がりができる時は持ち株は常にマイナス評価です。この結果が投資損益となってくるのです。

では、買い上がりの場合に利食いはどこでするのか。これは投資家それぞれの判断となりますが、たとえば、最後に買い付けした手前の買い付けポイントに達したら利食いするなど工夫すれば良いのではないでしょうか。理屈は簡単ですが、実践では感情が揺さぶられ難しいところでしょう。

私が常日頃から述べている「投資の常識は非常識」というのはこのようなことなのです。収益が上がらないのは、その手法が間違っているからです。間違っているから儲からないのです。

投資では「安いところで買って、高いところで売る」という非常識(間違い)に気がつかなければ儲かるはずもありません。このピラミッディングについては、反論が殺到すると思いますが、私は強く信じているところです。そして実践しています



   ≪ 自分流 ≫
2015/09/11(Fri)

2015/05/09 のコメントです。

株式投資を始めようと考えたとき、まず何からはじめるだろうか。当然ながら投資の勉強だろう。勉強といえば学校に通ったり書物で勉強するのが一般的です。投資セミナーに足しげく通ったり、投資関係の書物を読み漁ったりする。ウェブサイトには投資関係のサイトが溢れかえっている。

自分なりに勉強したつもりであったが、今でも成績は初心者と一向に変わらない。そこで、儲けている人の手法を学び、その手法で自分も売買しようと考えるも途中で頓挫してしまう。なかなかうまくいかないものである。

ウォーレン・バフェットは、投資の世界で成功した投資家の一人であるが、彼の手法を真似して、バイ・アンド・ホールド手法で挑んでみた。しかし、そのバックボーン(市場)が異なる。バフェットは主にアメリカ市場で投資を行っているが、こちらは日本市場である。

ご存知のようにアメリカ市場と日本市場ではその変動は異なる。日本では「失われた20年」と言われるように長期低迷が続いた。そのように市場でバイ・アンド・ホールド手法を持ってしてもバフェットのような成績は収められないだろう。もし、バフェットが日本市場のみで運用したら今のような成績を収められただろうか。

投資の世界でバフェットとともに両雄をなす投資家が、慈善家としても有名なジョージ・ソロスである。ソロスはハンガリー生まれのユダヤ人である。ユダヤ人は国を持たない民族である。そのためかユダヤ人同士の結束は固い。そして富豪も多い。

このような環境の中、当然ながらソロスもユダヤ人同士の情報交換はレベルの高いものとなるだろう。投資とは先読みであることから情報の質の高さやスピードが必要となってくる。よって、ソロスは投資環境としては最適なステージにいるのではないだろうか。我々個人投資家としては真似のできないところである。

成功者の真似をしようとしても、その背景が異なれば真似をしてもうまくいかない。また、資金量の大小によっても投資手法は異なってくるだろう。それでは我々個人投資家はどのような手法で投資活動を行えば良いのだろうか。勉強してもダメ。成功者の真似してもうまくいかない。・・・その答えはないのだろうか。

バフェットとソロスの投資手法は異なる。しかし、両雄とも投資の世界で成功している。彼らは、それぞれの自分の手法で成功を収めている。投資の世界では、この投資手法でなければ儲からないということはないはずです。であるならば、我々個人投資家であっても、自分流の投資手法で成功することだって可能であろう。

投資家は、その背景や資金量、考え方、性格などはそれぞれ異なるわけですから、やはり、自分流の投資手法を貫いて頑張るべきではないだろうか。雑念、雑音を排除して自分を信じて突き進むべきでしょう。

最近、このことを痛切に感じている私です・・・。"




   ≪ ・・・、心理は逆張り ≫
2015/09/08(Tue)

2015/05/03 のコメントです。

夢を抱いて投資市場に参入するも投資の世界の厳しさを実感するのに時間はかからない。その後も試行錯誤しながらも何とか市場で収益を上げようと努力する。これが投資家の現実ではないだろうか。

私自身もまったくその通りです。長い投資活動の体験の中から、大きな損失を出して市場から退散することのないような手法は見出したものの、まだまだ納得できるようなものではない。私の理想とする投資とは、私情を挟まない完全なシステム売買であり、市場変動に左右されることなく収益を上げ続ける投資手法である。

しかし、短期売買の収益の原点は値幅取りであり、値幅の大小でその収益も変わってくる。相場に変動がない時期も右肩上がりの収益を望むのは無理であることは分かっているのだが・・・。

当研究所の分析手法はテクニカル分析が中心である。そこで、テクニカル分析で相場の先を予測することはできるのだろうかと素朴な疑問がわく。テクニカル分析による相場予測手法はたくさんある。

トレンドラインを引いて相場の方向性を読む。回帰直線を用いて予測する。あるいは酒田五法のローソク足により予測するなどがある。予測する手法は数多くあれど、その予測が当たるか当たらないかは別問題である。

たとえば、トレンドラインを引く場合、高値あるいは安値の接点を利用してラインを引くのであるが、2、3の接点の株価で相場の予測をするのはあまりにも無謀過ぎないだろうか。回帰直線を利用した予測法もあるが、現在が上昇トレンドであれば回帰直線も上向きである。どこでトレンドが転換するかの指示はない。

私も昔、これらのシミュレーションを行ったことがありますが、結論としては全部不採用という結果でした。長期間で検証すると何らの傾向も見られないという結果でした。つまり、テクニカル分析では相場の予測はできないということです。

ではファンダメンタルズではいかがだろうか。もし、ファンダメンタルズで相場予測が可能であれば、テクニカル分析はこの世に存在しなかっただろう。要するに、どのような手法でも未来の予測は不可能ですよということなのでしょう。あるいは世に出ない手法で未来を予測できる方法があるのかもしれませんが・・・。

いずれにしても、我々個人投資家レベルでは相場の予測は無理ということになるのでしょう。であるならは投資で収益を上げることはできないということなのだろうか・・・。私は決してそのような考えは持っておりません。ただ、投資の常識を鵜呑みにしなければ・・・。

以前にも解説しましたが、仕掛け時の手法で、たとえば100円ずつ買い下がる手法と100円ずつ買い上がる手法を比較した場合、投資家はどちらの手法を選択するでしょうか。心理的に100円ずつ買い下がる手法の方が安心感が出るのではないだろうか。100円ずつ買い上がる手法は高値、高値と買い上がるため高値恐怖症となるかもしれません。

そこで、投資家の感情を無視して考えた場合、100円ずつ買い下がる手法は買い下がるたびに買いコストは下がるものの、時価評価は常にマイナス評価です。一方、100円ずつ買い上がる手法は買いコストは上がるものの、時価評価は常にプラス評価です。投資で収益を上げるためにはどちらの手法が効率的でしょうか。

以上の説明で分かりますように、実際には高値恐怖症となるような手法が結果的に収益が上がるわけです。100円ずつ買い上がる手法は順張りです。高値恐怖症となる手法は投資家心理の逆張りです。

「売買は順張り、心理は逆張り」。このような捉え方は間違っているのでしょうか。



   ≪ 市場の効率性 ≫
2015/09/04(Fri)

2015/04/25 のコメントです。

今回のサーバー移転は、若干のウィルスチェックによる問題もあったものの無事終わってホッとしているところです。インターネットはバーチャルな世界であるため、こと問題が発生すると始末が悪い。

インターネットは非常に便利なものであります。しかし、正の裏には負があるようにすべい良いところだけではない。その裏にはハッカーによる被害も甚大である。ウィルスソフトは、そのように被害を避けるためのものではあるが、今回のような無名のソフト(当研究所の分析ソフト)をダウンロードしたりインストールしたときにはほとんどウィルスチェックで弾かれてしまう。

コンピュータに詳しくない者にとっては、ソフトをダウンロードしてもいつも間にか消えてしまったり、フリーズしてしまったりする。何かがなんだか分からない。また、ウィルスソフトは外国製のソフトが多く使い勝手も悪い。

ここで「正の裏には負がある」と述べましたが、また逆もまた真なりであるように、負の裏には正があるわけで、負(相場での負け)の裏には、正(相場での体験)があるとポジティブに考えてはいかがでしょうか。

そんなこんなのサーバー移転でありましたが、私はサーバー移転以外のところでも気を揉んでしまった。なぜなら、ここのところちょっと成績が悪い。

すでにご存知のように、私の投資手法は買いも空売りも行うシステム売買ですが、今年に入って成績も順調であったものの、ここ一週間の成績が悪い。納得できないので、その原因をいろいろと考えてみた。

株価変動が私の分析システムと逆になっている。私の分析システムがすべて正しいとは思わないが、今までとは明らかに異なった動きである。株価チャートを眺めているだけでは何も感じないが、分析システムは異常を感じているようだ。

私なりに考えてみた。日経平均の2万円は相場にとっても投資家にとっても心理的に大きなインパクトであろう。2万円は数値に過ぎないが、ある者にとっては大きな意味を持つのかも知れない。

日経平均の2万円は経済指標として説得力がある。日経平均の安値7千円台からの上昇であるからお見事である。当局としては日経平均の2万円はできるだけキープして景気回復を示したいところでしょう。

このような背景から2万円キープのための株価維持が必要になってくる。これを官製相場と言うのだろうか。本来、市場は市場参加者に委ねるべきである。そこに横から強引に市場を捻じ曲げるような操作はいけない。その咎めは必ずくる。

記憶している方もおられると思いますが、株式市場がバブル崩壊後に日経平均が2万円を割らないようにPKO(プライス・キーピング・オペレーション)を盛んに行ったことがある。しかし、結局はその水準を割り込み市場は長期低迷を余儀なくされた。それどころか今度は2万円が上値抵抗線となってしまった。やはり咎めはくるものだ。

市場は効率的であると言われている。真偽のほどは私には分からないが、長期的な視点から見ればやはり市場は効率的であろう。なぜなら株価の強引なPKOも市場を歪める操作も結局は市場に飲み込まれ、そして是正されて正しい市場の姿に戻ることになるのだろうから・・・。

このようなことから、私は現在の成績が悪くともシステムに従い、ひたすら売買を続けていくつもりです。今のところ私にはこれ以外の選択肢はない。

いずれは正しい市場に回帰することを信じて・・・。



   ≪ 株価の変化に対処する ≫
2015/09/01(Tue)

2015/04/17 のコメントです。

投資に対する考え方は投資家によりそれぞれ異なるものです。一般的に株式投資の場合、多くの投資家は今後の見通しの判断が重要であると考えているようです。株式投資は未来に対する投資であるため当然といえば当然でしょう。

しかし、多くの投資家が今後の展開を予想しながら投資しているものの、結果は惨憺たるものです。なぜだろうか。調査に調査を重ねタイミングよく安値で業績上昇銘柄を仕掛けて、予測通り株価上昇となったとしても、その後の利食いが問題である。

ファンダメンタルズからはなかなか目標値が算出できない。利食い幅は各自の判断に委ねられるのが一般的であろう。せっかく業績上昇銘柄を仕掛けても、利幅が10%程度ではもったいないような気もする。このあたりがなかなか儲からない原因なのだろうか。

私は、現在の株価はすべてを織り込んでいると考えています。もちろんファンダメンタルズもです(これは短期的な視点からですが・・・)。これらの考えに異論を唱える投資家が多いのは十分承知しています。しかし、投資手法も十人十色であるので、これが正しくこれが間違っていると目くじら立てて異論を唱えるのもいかがなものか・・・。

仮に株価チャートを表示され、この株価は今後どちらの方向に展開するでしょうか、と質問された場合、多くの投資家は上昇だ、下降だと腕組しながら考えるでしょう。私は、このような質問は今後の相場の見通しを立てるのと同様にまったく意味がないと思います。投資に何の役にも立ちませんから・・・。私がこのような質問を受けたら「分からない」と答えます。おそらく「分からない」が正しい答えであると思います。

私は、投資においては、予測するものではなく「もし、上がったら」「もし、下がったら」に適正に対処することが、投資で成功する道ではないかと考えています。「上昇するはずだ」とシナリオを描いて投資に入った場合に、もし、株価が反対に展開してしまうと「上昇するはずだ」と頑張ってしまうはずです。

株式投資の世界は株価が主役であり、投資家がいくら違うと頑張っても現在の株価が正しいのです。よって、投資で勝つためには先読みすることより、株価の変化にいかに適正に対処するかにかかっているのではないでしょうか。


今回はサーバー変更のための作業が多くありますので、この辺りで・・・。



   ≪ 恐怖心 ≫
2015/08/29(Sat)

2015/04/11 のコメントです。

株式市場は15年ぶりに2万円を付けた。このようなニュースを聞くと今まで休止していた投資家もむらむらとしてくる。通常は安値買いをしている投資家も乗り遅れてしまうのではないかと焦り始める。

当然であろう。確固たる投資ルールを持たない投資初心者であれば相場に振り回されてしまう。常に自分に都合の良い言い訳のシナリオを作り売買しているのではないだろうか。相場の後追いでは儲かるはずもないのだが・・・。

先日、ある投資家交流会なる会合に出席した。出席者全員が投資初心者(私が見る限り)であった。しかし、彼らの投資暦は平均で10年前後であった。キャリア10年で今でも初心者とは・・・。とは言うものの、私の投資人生でもキャリア10年のころはやはり初心者であったと記憶している。

なぜ投資の世界はキャリアが長くても成長しないのだろうかと考えさせられる。通常の仕事であれば10年もすれば、それなりに成長しているであろう。しかし、投資の世界はそうではないようだ。多くの投資家が4〜5年で退場してしまうという現実は何を意味しているのだろうか。

何が原因なのだろうか。何が投資家の成長を妨げているのだろうか。一般社会と投資の世界の違いはどこにあるのだろうか。私なりに考えてみた。一般社会においては会社に勤め給与を頂く。商売であれば品物を仕入れそれを売りさばく。

そこで考えてみると、一般社会と投資の世界の大きな違いは「損の概念」ではないかと思います。会社勤めであれば多少サボっても給与は頂ける。仕事で失敗しても給与なしとはならないだろう。たとえリストラされても今まで頂いた給与を返せとは言われない。逆に割り増し退職金がもらえる。

商売であれば売り上げの変化はあっても売り上げがマイナスになることはない。差し引きで赤字になることはあっても売り上げがマイナスにはならない。いずれにしても、貯めたお金が一度に全部持っていかれるということはないだろう。

一方、投資の世界を見てみると、最悪の場合、追証で持ち金を全部持っていかれた上に、さらに追加請求されることだってある。現物で売買しているから大丈夫と思っていても、投資した企業が倒産してしまうということだってある。

このようなことから、投資家が常に心の根底には損失に対する「恐怖」があるのではないだろうか。この恐怖が通常の人間の判断を狂わせるのです。一般的に恐怖からは得られるものはないと言われています。それどころか、恐怖心は常に敗北をもたらすことにもなるのです。

つまり、恐怖心を持つということは結果的に敗北をもたらすことになるのです。投資の世界は歓喜と絶望(恐怖)の世界と言われています。恐怖することにより負けるのです。ここに一般社会と投資の世界に大きな違いが生ずることになります。つまり、一般の人々は損に対する体験が乏しいのです。誰でも概念的に損失については理解しています。しかし、理解と体験は別物です。体験がないから損に対する対処ができないのです。

では、この恐怖を払拭するには・・・。これは難しい問題です。私は、恐怖心の多くは無知が作り出すと考えています。知らないから不安になるのです。不安だから恐怖心が沸いてくるのです。だから損失が発生したときにおろおろしてしまうのです。

投資初心者は知識が乏しい。知らないから不安になり恐怖心を抱き、利食いは早めに、そして損失はいつまでも・・・、となるのではないだろうか。投資知識の欠乏、投資経験の不足は結果的に損失を招くという構図になるのです。だから投資初心者はいつも負けるのです。

恐怖心取り除き、そして投資で収益を上げるためには、やはり経験を積み、正しい知識を身につけ、確固たる自分の投資ルールを持つことに回帰するのではないでしょうか。


拙者の格言

『恐怖はためらいを作り出し、結局、恐怖を現実にする。恐怖は知的な行動の妨げとなる。恐怖は精神を萎縮させ、きわめて重要な直 感を減退させる。恐怖は無知が作り出す。恐怖心は常に敗北をもたらす』



   ≪ 投資の習慣と常識 ≫
2015/08/25(Tue)

2015/04/04 のコメントです。

私の語録に『世の中はいつも間違っている。世の中は、本来あるべき正しい姿から常に乖離しながら変化している。よって、現在の常識はいずれ非常識となる。常識は先入観』とある。最近は私も年を重ねてきたせいか、このことが痛切に感じるようになってきました。

人は習慣のなかで生きている。人はある程度決まったローテーションのなかで生活しています。朝起きて歯を磨いて食事をして出勤する。会社に行って定められた範囲で仕事をこなし帰路につく。このような行動に何の違和感を持たず生活しています。つまり、人は習慣と常識の中で日々生活しているものです。

では、投資の世界をこの習慣と常識から見てみましょう。投資の場合、その投資スタイルは長期投資から短期売買、さらにはデイトレードと多様なスタイルがあります。

長期投資であれば、朝刊を経済欄から読み、夜はテレビの経済ニュースなどを見て今後の経済展望などを考えます。短期売買であれば寄り付きの株価を確認し、昼にはスマホなどで株価をチェックします。夜は翌日仕掛ける銘柄や決済する銘柄の検討をします。デイトレードであれば日中パソコンに張り付いて売買を行います。

以上が各投資スタイルによるローテーションではないかと思います。これらが習慣となって投資活動を行っています。意識せずに日々同じような行動をとることになります。これが習慣です。もし、これらの習慣的な行動の結果として、投資収益が上がれば特に問題はないと思いますが・・・。

一方、投資の常識についてはいかがでしょうか。投資の常識と言えば「安いところで買って高いところで売る」というものです。また、株式であれば企業業績の上昇傾向の銘柄を買うなどでしょう。また、テクニカル分析であれば移動平均線を利用した売買でしょう。

では「安いところで買って高いところで売る」は正しいのでしょうか。確かに株価チャートなどを見ると、ここで(安値)で買って、ここで(高値)で売れば儲かると考えます。しかし、これは後講釈に過ぎません。株価は新値をとった方向に進むと言われています。

つまり、上に新値を取れば上昇となり、下に新値を取れば下降となる傾向が強くなります。この考えに基づく手法がブレイクアウト手法です。もし、この手法が効率的であると考えるならば、新高値を買ってさらに高いところで売り、新安値を空売ってさらに安いところで買い戻すとなります。

このブレイクアウト手法と「安いところで買って高いところで売る」手法は、相反する手法となります。どちらが正しいかはシミュレーションをしてみれば明らかです。

企業業績の上昇傾向の銘柄を買うということに対しては「現在の株価はすべて織り込まれている」という考え方もあり、もしこれが正しいとすれば、業績の検証も意味を成さなくなります。

もっともポピュラーな移動平均線について考えて見ましょう。たとえば、分かりやすく100、200、300、400、500円の株価の移動平均線は300円=(100+200+300+400+500)÷5となります。つまり現在の株価500円のときの移動平均線は300円となります。しかし、この300円は過去の数値ではないでしょうか。移動平均線とはこのようなものなのですが、過去の数値を現在の株価の比較として利用するのは問題ありと考えべきではないだろうか。移動平均線とは遅行線であるため判断が遅れることになります。

投資では今後の展開を判定するものですが、遅れている指標で分析するのはいかがなものでしょうか。移動平均線は誰でも知っていますが、この移動平均線で儲けることができないのは、このあたりに原因があるのでしよう。

よって、平均値で計算されたテクニカル指標は移動平均線と同様に使えない指標となってしまいます。私が過去に検証した結果として、指数を変えないで長期に利用しトータルで収益を上げることのできるテクニカル分析指標はまったくなかったと検証結果があります。

以上のように、間違った投資の常識を習慣として身につけてしまうと、未来永劫投資で儲けることはできないような気もするのですが・・・。要は投資収益が上がらないということは何かが間違っているということです。よって、投資の常識がすべて正しいと考えるのはいかがなものでしょうか。



   ≪ コンプライアンス ≫
2015/08/21(Fri)

2015/03/28 のコメントです。

世間は広いもので、多くの投資家が損失を被って唸っているいるのに、一方では何億、いや何十億と儲けたという話も聞く。同じ市場で戦っているのにどうしてこのような差が出てくるのでしょうか。

長期投資で株は買うだけで一切売らないという投資家もいる。このように投資家は相場が上昇となれば含み益が多くなり、それなりに利益は出るだろう。しかし、相場には低迷期もあり、このような時期も平然と買い増ししていくという度量が必要となってきます。

我々個人投資家は、少ない資金で銘柄選びを慎重に行い、さらに注意深く仕掛けのタイミングを見計らって売買する。このように慎重に売買を行っても成績はいまひとつ。それなのに億単位で儲けている投資家はどのような手法で売買しているのだろうか。

私の知る限りであるが、億単位で利益を上げている投資家は決して長期投資ではないことは分かっている。売買銘柄は新興市場の銘柄などで売買しているようである。しかも短期売買である。では、どのような手法で億単位のお金を手にしているのだろうか。

通常、個人投資家が現在利用している投資法なり投資手法で二桁の億の利益を得ることは難しいことは誰でも理解しているであろう。しかし、実際に二桁の億の利益を得ている投資家がいるのも事実です。

たまにニュースで、インサイダー取引や株価操縦で当局に摘発されたという投資家の記事を目にする。インサイダーについては、会社の役職員や大株主などの会社関係者、および情報受領者(会社関係者から重要事実の伝達を受けた者)が、その会社の株価に重要な影響を与える「重要事実」を知って、その重要事実が公表される前に、特定有価証券等の売買を行うことを言うのですが・・・。

インサイダー取引は、それなりの会社関係者、情報受領者が身近にいなければ情報も受けられずインサイダー取引はできないものです。もちろん金融商品市場の信頼を損なう代表的な不公正取引ですので罰せられることになります。

よってインサイダー取引は誰でもできるというものではありません。しかし、株価操縦は誰でもできそうです。約定させる意思のない大量の注文発注・取消し(見せ玉(ぎょく))で株価を吊り上げる(売り崩す)などです。この株価操縦も違法であり、罰せられます。

たまに株価操縦で摘発を受けたというニュースを耳にします。個人投資家が株価を吊り上げるために約定させる意思のない大量の注文発注・取消しをたびたび行えば証券取引等監視委員会に摘発されることになります。

もし、この株価操縦を個人投資家ひとりではなく、数十人のクループでかわるがわるに大量の注文発注・取消しを行った場合いかがでしょうか。個人で株価操縦をすれば同一の人物が注文発注・取消しを行うのですからすぐにばれてしまいます。

ところが数十人でこれらの株価操縦を行った場合はいかがでしょうか。なかなか株価操縦の証拠が掴めないのではないでしょうか。もし、これらの方法であれば株価も自由に操ることができるのではないだろうか。

いずれにしても、これらの売買も違法行為であることには違いはないのですが、なかなか摘発が難しいところなのでしょう。これも私の知る限りではあるが、このような違法な売買で何億、何十億との利益を上げているところもあるようだ。

我々個人投資家は、このような投資手法とは一線を画すものであり、コンプライアンスを遵守して正々堂々と株式投資を実践するべきである。


拙者の格言

『楽をして手に入れた金は、人の目をくらまし最後には身を滅ぼす。自分で汗した金以外は身に付かない。浮利を追うな』

『諸悪の根源は金と権力への執着である。この根源を絶たなければいずれ破滅する。金、権力は人格にあらず』



   ≪ 特に投資家にとっては・・・ ≫
2015/08/14(Fri)

2015/03/21 のコメントです。

日本の三大公園のひとつである水戸の偕楽園の梅も今が満開です。偕楽園ではいろいろなイベントが催され、多くの観光客で賑わっているようです。我が家の梅も今が一番のみどころです。

日本には四季があることにより、日本人は古来より季節ごと変わり行く風情にその美しさや趣、情緒を見つけて心で感じてきたのでしょう。また、季節折々の食材による料理などは日本特有のものであり、長い時間をかけて日本の食文化を形作ってきたのでしょう。やっばり「日本って、いいなあ〜」と言うところでしょうか。

さて、株式市場は高値を更新し最高値となっています。外野ではあれこれと騒いでいるようですが、予想をたてない数値分析手法の私としては、あまり気にならないところです。

先日も投資家交流会なるものに出席したのですが、その時に私はある株価チャートを持って行きました。ふだんはそのような資料は持っていかないのですが、最近研究した指標であったため、どのような反応があるか聞いてみたいという気持ちからであった。その資料は分析指数と日経平均を連動したチャートです。出席者にそのチャートを見せました。

その反応は明らかに二分されました。「ふん、ふん」と言ってあまり関心を示さない人と食い入るほど見ている人に分かれいるのを感じました。その後も反応を観察してみました。

関心を示さない人は、きっとファンダメンタル派なのではないかと思ったり、まだ初心者なのではないかと思ったりしました。一方、非常に関心を示した人から質問された。「この分析指標のところは売りとなっているが、私だったらここでは売らない」と。指標で売りになっているところは「だまし」のところであり、その後、チャートでは上昇となっている。

その上昇を見て「私だったらここでは売らない」と言ったのか、本当に本人が「ここでは売らない」と思ったかは定かではないが、私は返事に困った。「投資家にもいろいろな考えがあり、また手法も異なるので、自分の信じた手法で判断すればよいのではないでしょうか」という返事にとどめた。

交流会の最後のころに私に質問した人に私から質問してみた。「あなたは投資キャリアはどのくらいですか、また、トータル成績はいかがですか」と。その人曰く、「投資キャリアは7年ほどで、最初に大きく負けてしまったので、これを何とか取り戻そうと必死になってやっているのです。トータルではまだ負けています。」という返事か返ってきた。

私は、トータルで負けているということは、その手法なり考え方が間違っているのではないかと思っています。このことは以前から当欄で述べています。「儲からないことは何かが間違っている」と・・・。

交流会や投資家の集まりに出席すると必ずと言っていいほどワンマンショーになる。一人が喋りまくる。自分の考えや投資手法、さらには今後の見通しなどを確信的に喋る。たしかに投資家はパソコン相手の孤独な仕事であるため、ストレスがたまるため、そのような会合でストレス発散のため喋りまくる気持ちはわかる。しかし、周りの空気も読んでほしい。

上記の内容から、なぜこのような会合に出席するのかという疑問もわいてくるだろう。出席してもあまり意味はないだろう・・・と。私もひとりの投資家であり、毎日パソコンの前で黙々と売買したり、開発の仕事をしていると、人との交流がまったくなくなってしまいます。私は、今までの体験から「独りで考え悩むほど、その答えは曲がる」と考えています。それを矯正するのは人との交流です。

よって、人との交流は必要なものなのです。特に投資家にとっては・・・。私も投資キャリアは長いのですが、投資家の会合などでは思いがけないヒントを貰うこともあります。だから、いそいそと出かけていくのです。

暖かくなってきました。お友達を誘って観梅はいかがですか。


拙者の格言

『饒舌は信用に値しない。饒舌は自分の「非」を無意識に隠す行為である。知る者は言わず、言う者は知らず。巧言は徳を乱る』

『人間、ひとりでは生きていけない。ひとりでは幸せになれない。人は人とのつながりの中で生きていく。晩年は人との交わりが幸となる。人とのつながりは財産』

『ひとりで考え悩むほど、正しい解決方法から遠ざかり、そして曲がる。考えすぎると、人間は臆病になる。しかし、人間は努力している限り悩むものでもある。悩み、迷ったら原点に戻れ』



   ≪ お金と健康の話 ≫
2015/08/07(Fri)

2015/03/14 のコメントです。

投資家は投資手法の違いはあっても市場で収益を上げようという目的には変わりない。投資はゼロサム・ゲームと言われるものの、多くの投資家の収益はゼロどころか大きくマイナスとなっている。なぜでしょうか。

たとえば、株価が上向きの移動平均線の上に出れば買い、株価が下向きの移動平均線の下に出れば空売りをする。それぞれ株価が移動平均線の反対側になったら決済するという売買であれば、少なくとも大損はしないであろう。市場では売りと買いしかないわけですから、あまり難しく考える必要もないような気もするのですが。

上記で「市場で収益を上げようという目的」と記述しましたが、はたして投資で収益を上げることが最終目的なのでしょうか。たとえ市場から収益を上げて目的を達成できたとしても、お金は使わなければ何の価値もありません。お金は使ってはじめて価値が出て満足感を得られるのではないでしょうか。それとも、お金を眺めて満足感に浸りますか・・・。

このように、お金は我々に贅沢感や満足感を与えてくれます。しかし、お金は贅沢感や満足感を与えてくれて何でも買うことができますますが、お金では買えないものがあるのも事実です。お金で買えないもの、それは「幸福」「教養」「品格」などではないだろうか。

「幸福」とは感ずるものであり、この幸福感はなかなかお金では買えないものです。ある雑誌に面白い記事がありました。「収入が高い夫婦ほど仲が悪い、貧しい家庭ほど夫婦の結束が固い」という内容でした。人間は収入が高くなるほど自己主張が強くなるという。そのため高収入の夫婦間ではお互いに自己主張が強くなり、うまくいかないということだろうか。

貧しい家庭では、夫婦が努力していかなければ生活が成り立たないため結束することになるのだろうか。幸福感は、それぞれ個人の価値観によるものであるため一概に何ともいえないところです。しかし、確かなところは、投資での収益努力は最終目的ではなく、幸せになるための手段であると捉えることが正しいのではないだろうか。

話題を変えて、近年、高齢化社会となり健康に関心をもつ者が多い。健康で長生きしたいと考えるのは、ごく自然なことであろう。そのため最近では健康思考が高まっている。巷では、いろいろな健康法やサプリメントの広告が溢れている。

無理なダイエット、苦手な早起き、過激な運動、それって本当に正しいのだろうかと考えたことがあるだろうか。マスメディアに翻弄されているだけではないだろうか。本末転倒にならない為にも・・・。

健康に関心をもつ人の目的は「健康で長生きしたい」との一点に尽きる。あまり健康に関心をもたない私には、これらの発言に違和感を持ちます。健康で長生きしたいのは万人の希望であることは分かる。しかし、そこに何かが足りないような気がする。

健康で長生きして何をしたいかである。そこの「何をしたいか」が欠落しているような気がする。多くの健康オタクは、健康でいたいということが目的となっている。もし、今、健康であるならば、すでに目的は達成できているのではないだろうか。

やはり健康は目的ではなく、本来の目的は「健康で何をするか」ではないだろうか。つまり、健康は手段であり、その先に目標や夢があるのではないだろうか。

一般に、大事なものは何かと尋ねると、多くの人は「第一に健康、第二にお金」と答えるでしょう。その大事なものをこのあたりでもう一度見つめ直して考えるべきではないでしょうか。それともそんなことは大きなお世話なのでしょうか・・・。

投資においても健康においても、現在考えている目的は手段でしかなく、本来の目的は別のことろにあることを自覚しておくべきではないでしょうか。


拙者の格言

『お金は目的ではなく手段である。お金はユーティリティー・ツール(便利な道具)』

『誰でも長生きしたいと願う。しかし、長生きして何をするかの目的意識を持つ者は少ない。健康は最終的な目的ではなく、健康は豊かな人生を送るための手段で ある。夢や目的を持って行動することにより健康で長生きできる。ただ、長寿と幸福がすべてイコールとは言えない』



   ≪ 逆張りと順張りとの捉え方 ≫
2015/08/02(Sun)

2015/03/07 のコメントです。

株式市場は高値を更新し業界は騒がしい。新値更新は公的(年金)資金の出動であろうとか、外国人が買いに転換しているなどと、高値更新の説明に躍起になっているようだ。真相は分からないものの、時代は変わってもこの業界はいつも変わらないなあと感じる今日この頃です。

市場が高値を更新してくると、長期投資家の話題が中心になってくる。長期に持ち続け、今ではこれだけの資産になっているとか自信たっぷりである。相場の世界は「勝てば官軍」ではあるが、相場には上昇期、下降期があり、長期投資派は相場下降期にはつらい思いもしたであろう。

たまたま現在の相場環境で見れば「長期投資で良かった」となるが、長い目で見ればゼロサム・ゲームではないだろうか。現在、長期投資派が脚光を浴びているが、相場低迷期に長期投資派の記事を見ることはない。

私は長期投資が問題であるとは言っていない。長期投資でも短期売買でも、投資家の資金量や投資家の性格に合っていれば、それがその投資家においてのベストの投資手法であると思っています。

投資手法には上記のように、長期投資と短期売買がある。FXにはスキャルピンという一瞬で売買する超短期売買もある。いずれにしても投資家に合った手法で売買すればよい。また、実際の売買手法には、逆張り手法と順張り手法とがある。こちらも投資家に合った手法で売買するべきでしょう。

ここで少し逆張りと順張りについて考えて見ましょう。たとえば、逆張りにおいて買い下がりをしたとします。株価1000円から100円刻みで3回買い下がれば900円、800円、700円となる。一方、順張りでも買い上がりをしたとします。株価1000円から100円刻みで3回買い上がれば1100円、1200円、1300円となる。

ここで、買い下がりと買い上がりを3回行った時点の損益を考えて見ましょう。買い下がりの平均買いコストとは800円「(900+800+700)÷3」となる。一方、買い上がりの平均買いコストは1200円「(1100+1200+1300)÷3」となる。

ここで、買い下がりを3回行った時点の株価700円での損益はマイナス100円「700-平均買いコスト800」となる。一方、買い上がりを3回行った時点での株価は1300円での損益はプラス100円「1300-平均買いコスト1200円」となる。

これは何を意味するのだろうか。買い下がりと買い上がりでは総投資額は異なるものの、買い下がりでそのまま株価が下がり続けると何回買い下がりをしても評価はマイナスのままである。他方、買い上がりでそのまま株価が上がり続けると何回買い上がりしても評価はプラスのままである。

実際、株価は上がり続けることもないし、下げ続けることはないので、上記の考えは当てはまらないかもしれませんが、逆張りと順張りとの捉え方を一考する余地はありそうな気がしますが、いかがでしょうか。

季節の変わり目です。みなさん体調には十分気をつけてください。



   ≪ 多彩な投資手法 ≫
2015/07/25(Sat)

2015/02/28 のコメントです。

私は時々、相場とは何ぞやと考える時があります。しかし、今でも明確な答えが出てきません。常々申し上げていますが、相場の世界は答えのない世界であり、歓喜と絶望の世界でもあります。

このような世界では、正しいという答えがないのだから何を言っても罰せられることはない。相場上昇となって○○円になると強気の予想して、たとえ、それが外れたとしても大して責められない。つまり、答えがないのだから何でもアリと言うことなのだろうか。投資の世界とはそのような世界なのだろうか。

ある株式セミナーの責任者が「今まで何百人もの講師を呼んでセミナーを行ったが、本物の講師は一割にも満たないなあ」と言っていた。では、そのほかの講師のセミナーを受けた受講生はどうなるのだろうか。そこに責任はないのだろうか。私が考えるに、分かっていない講師の話をもっと分からない受講生が聞いているのだから文句も出ないのだろう・・・。まったくナンセンスな話しだ。

書店に並ぶ投資雑誌においても同様であろう。相場が動意づいてくると、売らんがためにカリスマ投資家を仕立てて記事を書く。出版社と投資家の間には利益は相関しない。このことは理解しておくべきである。

私も今まであらゆる投資雑誌を読んできた。しかし、最近はこの手の本は一冊も購入していない。ある程度、投資の本質を理解してくると、これらの投資雑誌は、ほとんどいい加減なことが分かる。投資雑誌は投資家を「簡単に儲かりますよ。こんなに儲けている人がいますよ」と投資家を煽るだけです。出版社は本が売れさえすれば良いのです。そこに投資家に対する責任がないのです。

しかし、私が今まで読んだ中で一番印象に残っている本があります。それは「あなたも株のプロになれる―成功した男の驚くべき売買記録」(立花義正著)である。本物はこの一冊ぐらいでしょう。

著者である立花氏がさんざん苦労して学んだ売買手法が記載されています。この本には売買譜も記載されていますが、私が何度読んでも建玉の入れるタイミング、建玉をはずすタイミングは分かりません。彼独自の判断ではあると思いますが、その根拠は分かりません。もちろん、そのあたりのノウハウは公開できないないのは分かりますが・・・。

文章の中に、押し目買いについて記載されています。「高値から二本目の陰線から買い下がる・・・」などと書いてあるので、これは酒田五法の押し目買いの手法であると想像できます。また、買い下がりの建玉も2-3-5などと、建玉数に変化を付けての買い下がりです。このあたりは酒田五法の手法を自分なりにアレンジしたものではないかと想像します。さらに、彼は「パイオニア」一銘柄のみの売買です。

彼の手法を全体から見ると「つなぎ売買」であることが分かります。「つなぎ売買」は投資手法の最高峰と言われています。売買譜より内容を詳細に見ると「これだけ利益が上がったから利食いする。これだけ損をしたから損切りする。」という概念はないように見受けられます。ひたすら建玉の操作だけです。いかに有利に建玉を入れるかに専念しているようです。これらの点は、一般投資家との視点の違いが分かります。

利食いも損切りも考えない建玉の操作だけの売買。皆さんは理解できますか。このように世の中には多彩な投資手法があることを理解しておくべきでしょう。長年投資活動をしていても儲からないと嘆いている投資家は、このあたりで投資の視点を変えることも必要ではないでしょうか。


拙者の格言

『現在の苦境を嘆く。それは過去の最良の時と比較しているからである。だからいつも不満を言う、愚痴をこぼす。視点を変えろ。最良のときはこれからくる。』



   ≪ 累進資本課税 ≫
2015/07/18(Sat)

2015/02/21 のコメントです。

梅のつぼみもふくらんで春が待ち遠しい季節となりました。株式市場も高値を更新し、投資家も意気揚々としているところでしょう。こちらも市場の春となりますかどうか・・・。

さて、最近話題となっているのが、トマ・ピケティ氏の著書「21世紀の資本」である。この本に最も頻繁に登場するキーワードは「格差」である。同氏は「行き過ぎた不平等」をいかに改善するかを語っている。

ピケティ氏は「重要なのは、格差の大きさそのものではなく、格差が正当化されるかということなのだと言う。つまり所得格差、資産格差、教育格差など様々な「格差」は、単なる所得や資産、教育における「差異」ではなく、行き過ぎれば是正されるべき「不平等」であり、それが生じる背景や要因を知ることが重要としているの
だ。

そして、同氏は資本主義が内包する「格差」を拡大するメカニズムを政策的にコントロールすることが必要であり、具体策としては、高い透明性を兼ね備えた国際協調に基づくグローバルな「累進資本課税」を提唱している。

また、この本の重要なメッセージのひとつは、経済格差が政策決定の政治的不平等を引き起こし、民主主義の脅威にならないかという点である。そして経済格差が拡大しているという事実に対し、経済の専門家だけに任せるのではなく、多くの市民が主体的に議論に参加することの重要性を指摘している。

「格差」という言葉は広範な読者層を惹きつけたようだ。ピケティ氏のねらいは、長期にわたる膨大な経済データを示し、議論のプラットフォームを提供することだったのではないだろうか。そこで論ずるテーマは、経済書の範疇にとどまらず、格差という視点からの21世紀の社会国家の将来像というひとつの社会思想史にみえるのではないだろうか。

ここで彼の言っている経済の格差、つまり所得格差について考えてみよう。この格差について彼は「行き過ぎた不平等」をいかに改善するかについて語っている。彼は資本主義が内包する「格差」を拡大するメカニズムを政策的にコントロールすることが必要であり、具体策としては、高い透明性を兼ね備えた国際協調に基づくグローバルな「累進資本課税」を提唱している。

私もこの考えには賛成するが「累進資本課税」には問題もあるだろう。なぜなら、我々社会人は経済活動として、その根底に多くの収入を得たいと考えるとはごく自然なことであろう。ほかの人より多く稼ぎたい、上に行きたいと考えるのは人間としての本能であろう。

本能とは善悪を超越した人間に備わっている生存競争の中から生まれてきた必要不可欠なものである。そこで、元来、人間に備わっている本能に逆らったシステムはいずれ問題が生ずることになる。

もし、企業において、せっかく稼いだ儲けを高い税金に持っていかれることは辛いことであろう。そこで企業は考えた。本社を租税回避地(タックス・ヘイヴン)とも呼ばれる、法人税などを払わなくてよいカリブ海にある英国領ケイマン諸島に移転してはどうかと・・・。

また、個人においても、いかに税金を少なくするかと苦慮するであろう。いずれにしても、稼いだ金をできるだけ取られないようにしたいと考える。これらは人間の本能を逆なでするために起こる拒絶反応である。

昔の話であるが、ある野球選手がプロ球団に入団するときの契約金について、記者から「たくさんの契約金を頂いたでしょうね」と質問されたときの返答を今でも思い出す。その選手は「たくさん頂いたという印象はないですね。だって90%も税金でもっていかれてしまうのですから」と。今ではそのようなことはありませんが、当時、高額所得の累進課税が90%であったとは・・・。

税金について、多くの納税者は「税金を納める」というところを「税金を取られた」と表現する。これらの表現は「不本意ながら」という気持ちが内在している。つまり、本能を逆なでされたという気持ちの現れである。

このように「累進資本課税」には多くの問題をはらんでいます。低所得者は累進課税に大賛成。高所得者は累進課税に大反対という構図が見えてきます。お互いに自分勝手な言い分である。しかし、累進課税は、いくらたくさん稼いでも、その多くは税金で持っていかれてしまうという「労働意欲の減退」を引き起こす可能性だってある。

以上のように、近年は資本主義の行き詰まりが見えてきた。つまりピケティ氏の言う「格差社会」の顕著化である。「格差社会」は社会の歪みをもたらす。これらを解決する方法はないのだろうか。「累進資本課税」だけで問題は解決しないであろう。

以前、私が当欄で解説したことがありますが、これらの問題を解決する方法は、「富」の循環であると考えます。富が一極集中となるから問題が起こるのです。これを解決するために「累進資本課税」を導入しろと提言しているのであろうが、上記で述べたように、行き過ぎた「累進資本課税」は人間の本能を逆なでし、拒絶反応を引き起こす。では・・・。

多くの富を所有した者は、税制ではなく自発的に社会に還元するべきであろう。これを成し遂げるにはやはり「教育」が必要である。小さいときから「社会還元」について教育することが資本主義、民主主義が継続するカギとなるでしょう。

人間の本能を満足させ、さらには施す(与える)ことの喜びを味わうには、やはり、自発的な「社会還元」が良いのではないかと思います。そのように考えるのは私だけでしょうか・・・。

マイクロソフトのビル・ゲイツは自己資産の半分を社会に還元すると言っています。


拙者の格言

『人間の究極の喜びとは、施す(人の為に行動する)ことである。そして、人を育てることにある』

『人間の価値は、どれだけ稼いだかではなく、どれだけ与えたかで決まる』

『万象は流転し循環することにより調和し、それらが継続されることにより秩序が保たれる。本来あるべき正しい世の中、正しい人間の姿は、自然界の生物の秩序のあり方に、その答えを見出すことができる。生物はすべて共生するものである』



   ≪ 見つめ直す ≫
2015/07/10(Fri)

2015/02/15 のコメントです。

株式市場は外部要因的な不安はあるものの順調に推移しているようです。株価が上昇してくると外部(メディア)が煩い。メディアの情報の9割はノイズ(雑音)であることを理解しておくべきである。

さて、投資家が今までの投資活動を振り返ってみると、どのような思いを抱くであろうか。大きく儲けた時や大きく損をした時の印象は今でも鮮明に残っていると思います。大きく儲けた時は自慢げに話をしたのではないだろうか。また、大きく損をした時は「ロダンの考える人」になっていたのではないでしょうか。

そこで、大きく儲けた時と大きく損をした時を株価チャート(日経平均など)に照らし合わせてみてください。多分に大きく儲けた時は相場上昇期であり、大きく損をした時は相場が暴落した時ではないだろうか。

もしそうであるならば、相場が上昇期では儲かり、下落期では損をすることになります。相場の変動がそのまま自分の投資成果となってはいないだろうか。これは何を意味するのだろう・・・。

その要因は、相場の展開の中に投資家の投資技術が機能していない、または間違っていることになるのではないだろうか。もちろん投資家は、投資活動中にはあらゆる技術を駆使し最善を尽くしていると思います。しかしながら、結果として投資成果が相場の変動と同じとなってしまっている。

これは投資家の投資技術が機能していない、あるいは利用の方法が間違っている、はたまた、投資家の投資に対する考えが間違っているという結果ではないだろうか。つまり、投資成果と相場の変動と同じということは、技法なり考え方が間違っているということを証明すことではないだろうか・・・。

つまり、何かが間違っているから儲からないわけです。あれやこれや技法を変えながら売買しても、その手法が間違っているから儲からないのです。もし、このような結果になっているのであれば、根本的な何かを変えなければなりません。それが何であるかは、今までの投資経歴を検証し投資家自身が考えるべきであろう。

投資家の夢は、自分なりの投資手法を駆使して大いに儲けることにあるのではなかっただろうか。今、投資の原点に立ち戻り見つめ直すべきです。


拙者の格言

『追い風を自分の実力と錯覚するな。追い風はいつか逆風となる。』

『現在の自分の姿は、過去の決断の結果である。現在の決断は将来の自分の姿とな
 る。今、何かを決断しなければ将来は何も変わらない。』



   ≪ 分散投資と分割売買 ≫
2015/07/08(Wed)

2015/01/31 のコメントです。

投資にはリスクがつきものである。投資家は誰もこのリスクから逃れることはできない。しかし、リスクがあるからリターンがあるわけで、リターンを求める者は、このリスクを受け入れなければなりません。リスクとリターンは表裏一体であることは周知のとおりです。

投資家はリスクから逃れられないとしても、そのリスクを低減することはできないだろうか。アメリカのある経済学者が投資リスクを最小限にするにはどのようにすべきかの研究を行ったそうです。その最終結論は「分散投資」に行き着いたとの論文を読んだことがあります。

確かに分散投資こそがリスク低減の一番の方法であることは理解できる。実際に私も実践しています。しかし、リスクの低減は分散投資以外にはないのだろうか。このような考えは「あること」によって疑問がわいてきたのです。

あることとは、以前にも解説しましたが、私の実践において仕掛け時に建玉が多いと寄り付き値が飛んでしまうという問題です。薄い商いのところに多くの建玉を入れれば値が飛ぶのも当然です。

では、商いの多い銘柄で売買するとか、指値を入れて値が飛ばないようにするとか、その対策はあります。しかし、私の売買では多くの銘柄に分散投資をしていますので、商いの多い銘柄だけを選択するわけにもいかないのです。また、仕掛けは必ず寄り付きの成り行きと決めていますので指値はしません。

もし、指値をして建玉が入らない場合にはシステム売買の基本から外れてしまいます。また、どてん売買のため決済と新規の建玉を同時に行うので株数は2倍となり、さらに寄り付き値が飛んでしまうことになります。

たとえば、薄商いの銘柄に寄り付きで新規と決済の建玉を入れると、買い気配となって値が付かず、しばらくして値が付くとその値が当日の高値であったということがしばしば起こりました。ひどい時には寄付き値が前日の5%も高かったこともありました。寄付き値が前日の1〜2%も高い(安い)などは毎度のことです。

これでは投資パフォーマンスにも影響してきます。投資で成功すれば当然ながら投資金額も増えてきます。そうなると、さらに寄付きが飛んでしまうことは明らかです。そこで私は考えたのです。これらを改善することはできないものかと。

システム売買であるため、寄り付き成り行きは変えられない。すると後は、商いの多い銘柄だけを選択するということになります。しかし、多くの個別銘柄の売買では出来高の多い銘柄だけという問題は解決できません。

出来高の多い銘柄・・・。常に出来高の多い銘柄は「指標」ではないかと考えました。つまり、現在上場されている日経平均やTOPIXの指標です。さらには、先物の日経平均やTOPIXの指標です。

しかし、これらの指標は出来高は多いものの単独銘柄のため分散投資ができません。そこで私が考えたのが、指標の「分割売買」です。たとえば、投資額を100等分して、相場の安いときには買いの金額を多くして、相場が高いときは空売りを多くするなど資金配分に変化をもたせ、常に投資金全額を運用するというものです。

そこで問題なのは現在の相場状況を的確に判定し、それらにより買いと空売りを的確に配分する指数の作成にあります。この指数が的確でなければ、この運用は不可能となります。これらの判定指数は現在のヘッジ比率に近いものになりますが、この分割売買指数においては、さらにその精度を高めなければなりません。

現在、私はそのシミュレーションを行っていますが、結果は、投資パフォーマンスはやや低めですが、その安定性においてはある程度納得できる成果が得られています。これで現在のような寄り付き値が飛んでしまうという問題から開放されるような気がしますが、いかがなりますでしょうか。



   ≪ 失敗から学ぶ ≫
2015/07/02(Thu)

2015/01/24 のコメントです。

日本のアジアカップ連覇ならず。日本代表とUAE代表が対戦したが、内容的には勝っていた試合だと思ったがPK戦で負けてしまった。取れるときに取れないとこのような試合となってしまうのだろう。サッカーファンの私としてはとても残念で仕方がない。

スポーツは勝負の世界だから負けるときもあるだろう。勝ち負けは時の運などと片付けられるものだろうか・・・。相場の世界も同様であろう。スポーツも相場も実力しだいである。鍛えぬいた体、経験に裏付けられた手腕。すべて日ごろの鍛錬がものをいう世界である。

プロの世界では、その実力は甲乙付けがたく拮抗しているものです。しかし、プロ同士の戦いは、必ずどちらかが勝者になり、そして他方が敗者となる。プロ同士の戦いで、拮抗する実力でありながら勝者と敗者に分かれる要因は何であろうか。

その要因はさまざまであろう。解説者の話にもうなずけるところがある。しかし、私は力の拮抗した者同士の勝敗の根底にあるものは「ミス」であると考えます。つまり、緊張した戦いの中でミスを多く犯した者が敗者となるのです。

今回のサッカーでの勝敗はまさしくPK戦のミスであった。多くミスしたチームが負けるのです。プロゴルフの試合などでもそれが明らかに出ます。多くミスしたプレーヤーが敗者となるのです。

しかし、プロの選手も人間である。人間であればミスを犯すものでもある。人間にミスは避けられないが、そのミスから得られるものがある。ミスの原因を徹底的に分析し、次の試合でその教訓を発揮すればよい。「失敗(ミス)には成功と同等の価値がある。成功より失敗から学ぶことの方が多い」とある。

一方、相場の世界はミスの連続である。「投資とは失敗の続くゲームである」とも言われている。しかし、やはりミスが少ない投資家の方が稼ぎは良いはずです。

スポーツでも相場でも最初は失敗ばかりです。ここで大事なのは「失敗を次に生かす」ことです。失敗を分析することです。分析すれば失敗の原因が分かるはずです。そして、次に同じような失敗を繰り返さなければよいわけです。この繰り返しが、結果として「成長」となるはずです。

ですから、失敗を必要以上に怖がることはありません。失敗は成長している、進歩している証なのですから。失敗はあきらめた時に、初めて失敗という烙印を押されるわけです。失敗を教訓として、あきらめずに続けることがいかに重要であるかお分かりいただけると思います。


拙者の格言

『人生は一度きり、人生はぶっつけ本番。だから失敗するのは当たり前』

『成功しないのは、成功するまでやらないからである。成功とは、意欲と情熱を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。失敗しないで成功した者はいない。やってやれないことはない。やらずにできるわけない』

『努力したからすべて得られるものではない。しかし、努力しなければ何も得られない』



   ≪ 適正利回り ≫
2015/06/26(Fri)

2015/01/17 のコメントです。

最近の相場の話題は、なんと言ってもスイスフラン急騰であろう。経済ニュースによると、スイスフラン相場の急変を受け、欧州を中心に金融機関への影響が広がってきたようだ。短期的に打撃が最も大きいとみられるのが外国為替証拠金(FX)取引業者である。

英国が拠点のアルパリは資金繰りに行き詰まり破綻した。同業でニュージーランド系のエクセル・マーケッツも経営の継続が困難になったようだ。

米同業者のFXCMは、顧客が損失を膨らませたため約2億2500万ドル(約260億円)を肩代わりしていると説明した。顧客の多くが損失を支払えず、同社の負担となるとの思惑から早朝の時間外取引で同社株は90%近く下げた。

大手FX会社によると、日本でも大量の円買い・スイスフラン売りをしていた個人投資家で数千万円規模の損失を抱えた顧客もいるという。スイス中銀が無制限介入をしている限りスイスフラン高にならないとみて一方向に取引を傾けていた。

金融先物取引業協会によれば、14年11月時点のFXでのスイスフランの売り持ち高は1千億円程度に上っていた。スイスフランは無制限介入の終了表明から対円で約2割急騰。全体として100億円を超す損失が生じている公算が大きいという。

一般的にFX取引では損失を限定するストップロスを入れて元本の保全を図ります。そのため通常の値動きであれば、ストップロスに触れれば決済されます。しかし、今回のスイスフランのように急激に暴騰した時には、いきなりストップロス以上に値が飛んでしまったり、さらにその後も一方的な展開でストップロスの注文が約定しないままに損失が拡大してしまうということがあります。ストップロスは便利な機能ですが、暴騰/暴落時に必ずしも発動するとは思わない方が良いでしょう。

以上のように、相場では何が起こるかわからない。何が起こっても不思議ではない。投資家は常にリスクを背負いながら戦っているのだが、投資金を一発で失ってしまうような投資手法は絶対にするべきではないと考えます。

FXでのスイスフランの取り扱いは少ないようですが、スイスフランの取引で大きく損失を被った個人投資家もいるだろう。ここでの教訓はなんだろうか。やはり単発的(単一銘柄)な勝負は怖いということであろうか・・・。

投資はギャンブルではないのですが、最近の高レバレッジのFX取引やバイナリー・オプションなどはギャンブルに近い投資手法です。このような投資法では、連戦連勝で勝ち進んでも、投資金が膨らんだところで一回負ければ終わりとなる可能性があります。

投資家は誰でも高い投資利回りを求めますが、現在の市中金利やビジネスにおける収益性などが適正利回りであり、それらを何十倍も上回る利回りを期待すること自体間違いではないでしょうか。たしかに一時的であればそのような利回りを得られる時もあるかもしれませんが、反対にマイナスの時期もありますので、トータルすれば投資利回りもそれほど高くなるものではありません。

最近、私の投資仲間が「為替の取引から日経平均先物に変えようと思う」と言っていた。その仲間も個人投資家としてはかなり高額な取引をしていました。日経平均先物に変える理由は聞きませんでしたが、おおよその見当はつきます。

日経平均先物のレバレッジは10倍程度でしょう。一方、FXのレバレッジは20倍でも30倍でも可能でしょう。それがどうして、レバレッジの高い取引からレバレッジの低い取引に変更するのでしょうか。

投資ノウハウとしては、FXも日経平均先物も、さらには個別銘柄の株式取引であっても大差はないはずです。取引市場を変えたからといって、レバレッジ倍率を変えたからといって、その収益が大幅に増大するわけでもないでしょう。

要は、ギャンブルのような単発的な勝負をせず、分散投資のようなリスクを抑えながら適正利回りを追求する投資手法こそが、投資の王道と言えるのではないでしょうか。



Page : 0 / 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15 / 16 /

41495


MOMO'S WEB DESIGN
mo_dia Ver2.00