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…知って得するページ…

   ≪ 読者の声 ≫
2018/11/09(Fri)

2018/11/05 のコメントです。

当欄のコメントを読まれ、ご感想を頂きましたので、一部抜粋してご本人の了解を得て掲載いたしました。(原文のまま)

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■含み損

 私は日本人の気質として、含み損が結構好きなのではないかと思っています。

 といいますのも、楽して儲けるのは良くないこと、苦労して儲けるのは良いことと、潜在意識に刷り込まれているため、含み損が膨らむと、今、苦労することにより結果的には成功に向けて進んでいるのだと、妙に前向きに考えてしまっているよ
うな気がしてなりません。利食いが早いのも、楽して儲けるのはよくない・こういういいことは長く続かないという罪悪感があるからすぐ手仕舞いしてしまうような気がします。 他にもポジションを変動させていくという、テクニック的な問題もあるかもしれませんが、それは中級以上だと思いますので。


■サラリーマン

 あとはサラリーマンというコンスタントに収入を得るパターンに慣れきってしまっているのも勝てない理由だと思います。
 相場はどちかというと漁のようなもので、天気(相場)が荒れてればそこに魚(利益)はいないどころか自分の船(資産)の安全すらおぼつかない。それに日や季節によってはさっぱり獲れない(動かない)ときもある。逆に大量(大きく動く)の日もある。穀物も同じで毎日収穫できるわけではなく、収穫できる時期は限られていると。

 ところが毎日コンスタントにいくら稼ごうとか、毎月分配型のグロソブがヒットするなど、明らかに投資の世界にサラリーマン思考を持ち込んでいることがよく分かると思います。

 つまり、投資に必要な「待つ」ことの大切さを分かっていないような気がします。

 これは証券会社が常に買わせようとしてるから、常に買うような宣伝になり、その証券マンが言ってることを日経新聞などが真に受けて専門家のコメントとして載せてしまったりするから、さらにその新聞記事(週末コラムなど)を真に受けて信
じる素人やFPが多発しているのだと思います。新聞の記事など鵜呑みにするだけではなく、少しは自分の頭で考えたらどうかと思うのですが。あらゆることに関して。


■最後に

 私は投資家のレベルによって次のようになると考えています。

 初心者・・・買うことしか考えない。
 中級者・・・買うことと売ることしか考えない。
 上級者・・・買うことと売ることに加え、待つことも考える。


 なんかまとまりがないですが、まとまるように書こうとすると長くなるのでこのへんでやめときます(笑)。

 では。
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   ≪ 「損」から学ぶ ≫
2018/11/05(Mon)

2018/10/27 のコメントです。

私が株式投資関係の仕事をしていると知ると、個人投資家から必ず聞かれることがある。「これから相場は上がりますか、それとも下がりますかね」と。また「儲かる銘柄は何かありませんかね」と。私が「分かりませんねえ」と返事をすると、その尋ねた人は、そのあと相場に対する自説を延々と語り始めます。

また、知人が相場の上昇を見てか「株式投資を始めたいんだが」と聞いてくる。私は、必ず「やめておいた方がいいよ」と返事をする。すると知人は、やはり投資に対する知識が豊富であるがごとく自説をとくとくと話し始める。私はいつも聞き役である。

私は今まで、そのような問いかけに賛同する意見を述べたことはない。なぜなら、彼らの自説を聞いて直感的に「これでは無理だ」と感じるからであり、また、友人を失いたくないという気持ちからでもある。

最近、彼らの噂を聞いた。「○○は、千万円単位で損をしたらしいよ」と。また、「○○は、音信不通だよ」などと、さびしい限りです。もっと厳しく止めておけばと思いつつも、余計なお節介とも・・・。

投資市場に大いなる夢を抱くのは結構なことですが、多くの人は市場の本当の怖さを知らなすぎる。「老後のために少しでも足しになれば」「退職金が出たから」などと、その考えが安易過ぎる。本音の部分では「生き馬の目を抜く市場を何と心得ているか」と問いたい気持ちです。

私は、そのような問いかけに「何もしないで、貯金しておいたほうがいいよ。物価も安定しているようだし・・」と答えています。もし、投資市場に参入するなら知識や技術を習得するなどの相応の準備と努力をしてから参入していただきたい。

しかし、投資知識を得たからといって儲かるわけではない。投資市場は学歴主義ではありません。もちろん知識は必要ですが、投資の世界は知識の上の次元にあることを理解しておかなければなりません。

プロスポーツの世界などを見ても、スポーツで稼げる人は、ごく一部でしかない。プロを目指す多くの人たちは、夢を抱くも夢破れて去っていく。プロのアスリート達もそれまでの過程は、血のにじむような努力を重ねてきたに違いない。そして、稼げるプロのスポーツマンになったのである。

これらに対して、投資家はいかがだろうか。投資市場に参入するにあたって、どのような勉強をしてきたのだろうか。はたして、血のにじむような努力を積んできたのだろうか。プロのスポーツマンと同様に投資の世界で稼げるのも、ごく一部でしかないのに・・・。

しかし、現実を見てみると投資を学ぶのに、それ相当の環境が整っていない。今は金融の時代だと言うのに・・・。これから大学に行って経済学を学びますか?。大学には高名な経済学者がいるものの、大学自体がデリバティブなどに手を出し大きな損失を出している。経済学者達は何をしていたのだろうか。

経済学者が投資の世界で成功するだろうか。私も大学で経済学を学んだ一人ではあるが、今では何を学んだかさっぱり覚えていない。投資の世界は、理論だけではなく、更に統計学、心理学、そして実践と、多岐にわたり学ばなくてはならない。投資の世界は異次元の世界であることを理解しておかなければならない。

では、書店に並んでいるノウハウ本ではいかがだろうか。それらの書物も以前から当欄で説明したとおりです。出版社は、その内容はともかく、たくさん売れればよいということから、いきおい、それらの本のタイトルも人の目の引くものになる。

では、ウェブサイトはどうだろうか。これらはウェブサイトの特徴でもあるが、ブログのように作者の姿が見えてこない。ハンドルネームなどといって、その正体を隠しての発言が多い。「こんなもの誰が信用するか」と思いつつもつい見てしまう。情報が氾濫していて、その真偽の判断が付かない。

このように、現状では投資について真に学ぶところも学ぶ書物もない。投資の世界には「これが正しいという答えはない」というからなのだろうか。それとも、他人の損は自分の利益と考えるからなのだろうか。

このような状況下、環境下では、たとえ投資金を持っていても、投資市場で利益を上げていこうとするには現実的に無理がある。とにかく、実践で学びなさいというのだろうか。実践して投資金が底をついたらどうすればよいのだろうか。

話が堂々巡りになってしまいましたが、私にも結論は出せない。わからない。ただ、私の長い投資体験の中から、こうすればよかったという反省点はある。

そのひとつは、投資の世界に足を踏み入れなければ良かったのではないかと・・・。しかし、これは投資の世界に入らなかったら、今頃どうしていたかと考えると、良かったか悪かったかの結論が出ない。

もうひとつは、市場に参入して分かったことですが、それはやはり「リスク管理」「リスク・マネージメント」の重要性をつくづく感じました。一番辛かったのは、たくさんの引かれ玉を持ったまま暴落に遭ったことです。立ち上がれないほどの辛い思いをしました。

新規参入者や初心者は、市場での大儲けを夢見て売買を始めますが、上記のように、投資を学ぶ環境の無い現状では、投資技術も知識も少ないはずです。

そこで、私の体験からですが、たとえ投資知識が少なくても、リスク管理、つまり「損切り」を徹底すれば、長い間、市場にとどまることも可能となるはずです。そうすれば、その間に実践で多くの経験や体験を積むことができるはずです。

何事でも、実践でのたたき上げほど強いものはない。老婆心ながら、くれぐれも私の二の舞にならないように・・・。

投資の世界では、その知識は広範囲にわたります。しかし、我々個人投資家では、これらにも限度があります。まずは、投資で一番重要なことから学ぶべきではないでしょうか。

個人投資家が投資を何から学ぶかは現状では難しい環境にありますが、私が実体験を通して言える事は「損」から学ぶことがベストではないかと考えています。



   ≪ 時代背景 (サイクル) ≫
2018/10/27(Sat)

2018/10/20 のコメントです。

振り返ると、バブル崩壊後に「失われた10年または20年」などと言われ久しくなりますが、その後はやや落ち着きを見せていますが、体感的に好景気とはなっていないようにも思えます。

景気と同様に国の盛衰には、大きなうねりがあることも理解しておかなければなりません。一般的に国の盛衰は、成長期から始まり、繁栄期、その後の衰退期とおのずと運命付けられているのではないでしょうか。かつては、「ローマは一日にして成らず」と言われたローマ帝国でさえも滅亡しています。モンゴル帝国も然り。

長い世界の歴史から比べれは、我々が生存中に経験できることなどごくわずかです。そのわずかな経験や体験から、現在の景気や今後の見通しなどを判断しているわけです。しかし、それらは国の盛衰などと密接にかかわり、非常に大きなサイクルで変動していることも忘れてはなりません。

時代の変化は、過去の歴史の中から学ぶほかありません。日本の歴史を振り返ってみると、戦後の移民(海外への出稼ぎ)の時代から始まり、加工貿易の「メイドイン・ジャパン」の物の時代、その後の金融の時代と大きなサイクルで変動しています。

つまり、人から物へ、そしてお金へと変化していくわけです。国の成長段階は、おおむね上記のような経過を辿るものですが、さしずめ、現在の中国は物の時代、つまり「メイドイン・チャイナ」の時代でしょう。米国の金融の時代は、そろそろ、終焉に近いのでは・・・。

日本においても「物づくりのニッポン」と言われていますが、これらを現在の時代背景と照らし合わせてみたらどうでしょうか。今、物づくりの中小企業が苦しんでいます。

さて、金融の時代の後には何がくるかご存知でしょうか。賢明な皆さんは、すでに理解されていると思いますが・・・。現在、我々はどのような時代に、そして、これからの時代はどのように変化していくのかをしっかりと認識すべきです。そして、その上に立って、時代背景を味方にして行動すべきです。

ビジネスにおいても投資においても、その時代の流れ、つまり、時代背景を正しく理解していないと、その波に乗り切れないということになります。時代背景を読むということは、今後、生活していく上では非常に重要な要素となります。

さて株式市場ですが、過去を振り返れば、株式市場はランダムであると言われるも、ある一定のサイクルで変動しているのが分かります。これらは、実体経済であるファンダメンタルズや需給関係により、ある程度のサイクルが存在します。

巷には「30年サイクル説」なるものがありますが、これは一人の人間が働いている年数であり、世代が変わればその価値観も変わり時代が変化していくというものです。

しかし、個人投資家である我々には、これらについて深く理解することは困難であり、ましてや、これらを株式投資に活用するなど至難の業です。景気サイクルと持ち株との関係など、どのように関連付けしてよいのかも分かりません。

そこで私が考えついたのが、ヘッジ比率(ポジション比率)です。ヘッジ比率を過去にさかのぼって、時系列にグラフ化すると、それらは、ある一定のサイクルを描いているのが分かります。

ヘッジ比率とは、実際にはいくつかの指標を組み合わせたりして数学の公式などをを利用して算出されるものですが、簡単に述べれば上昇している銘柄と下降している銘柄の比率ということになります。

これらにより、投資家がおかれている現在の位置を確認することができますし、運用においても投資資金の適正な配分を可能としています。

ヘッジ比率を採用することにより、株式投資の世界が見違えるほど変わってくるはずです。すでにヘッジ比率またはそれらに類似した指数をご利用されている投資家の方には、ご理解いただいていると思いますが、ヘッジ比率を採用することにより、大暴落などを凌ぎきり、退場することなく運用を続けることができるはずです。

私はヘッジ比率(ポジション比率)は、投資家必携のユーティリティ・ツールであると自負しています。



   ≪ 酒と女とレバレッジ ≫
2018/10/20(Sat)

2018/10/12 のコメントです。

前々回および前回のコメントの『「危険な傾向だ」と・・・』について、投資家の皆さんから再び多くのご意見を頂きました。このように、反響が大きいということは、いかにこれらの金融派生商品で売買されている投資家が多いかということの裏返しでもあると思います。

実際に自分が金融派生商品で売買しているので、このような内容の解説に少し怒りと不安を感じたのかもしれません。そこで、これらのテーマについて、もう一度解説してみたいと考えました。これらについて私の本音の部分で説明いたします。

時代というものは、その良し悪しにかかわらず、常に一定の方向に向かって進んでいくものです。現在で言えば、温暖化の問題や環境問題など、世界中がこれらの問題を解決するべき議論がなされています。

過去には、第二次大戦に向かって、国民が一丸となって突入していった経過においても同じことが言えるのではないでしょうか。このように、世界は、あるいは国は、善悪は別として、ある程度、ある一定期間ひとつの方向に向けて進んでいくものです。

これらの結果、常に行き過ぎが起こり暴走することもあります。リーマンショックにおける金融危機なども同様ではないでしょうか。

金融派生商品も同様に、その良し悪しは別として、時代のニーズであり、現在の金融界のひとつの方向と受け止めることになります。それらの結果は、今後の歴史の中で結論付けられることになるでしょう。

私は、常々申し上げておりますが、規制や倫理観の無い「自由」は「暴走」し、最後には「崩壊」という道を辿ることになると・・・。資本主義の基本は自由経済です。しかし、資本主義の発展とは、技術の向上や資本の蓄積によってもたらされるだけではないのです。

昔の話になりますが、共産主義のソビエト連邦が崩壊し、当時ロシアのエリチェン大統領が資本主義に転換を図りました。そして急激な技術革新や資本の蓄積にまい進しました。その結果はいかがでしょうか。

技術革新や資本の蓄積はある程度できたものの、いまだに経済は低迷している状況にあります。結果的にマフィア経済になってしまったのです。何がいけなかったのでしょうか。それは資本主義の根幹である技術革新や資本の蓄積のほかに、資本主義における高度な倫理観がなかったためです。

資本主義の倫理観とは規律や法令順守や自己規制、モラルであり、これらが欠如していれば資本主義国家は成り立たないのです。投資においても自己規制やルールの遵守を怠れば暴走し崩壊を辿ることになるのです。

投資は金融派生商品のように高いレバレッジでの運用が可能な商品があります。これらのレバレッジは、投資家の判断により自由に設定できます。しかし、金融派生商品に限らず投資では、そこに投資家のよほどの自己規制がなければ、必ず「自由」→「暴走」→「崩壊」を辿ることになります。

面白いことに、最近の話題に、身を滅ぼすものは「酒と女とレバレッジ」とまで言われています。反面、これらを上手に使いこなせれば、これ以上の幸せなことはないとも言えますが・・・。「酒と女とレバレッジ」は、諸刃の剣でもあるのです。

『「危険な傾向だ」と・・・』について、私の心配として、前回ご説明しましたように、これらの商品を単独で売買している投資家の多くが市場から退場(私の知る限り)して行ったという事実がひとつ。

もうひとつは・・・、これが私の本音の部分です。金融派生商品は、小資金で高いレバレッジでの売買が可能ですが、これらの売買を小遣い程度の小資金であれば、たとえ損をしても生活に支障をきたすことはないでしょう。また、資金をためて再チャレンジすることができます。

しかし、これらを大きな資金で本業として運用するとした場合はどうでしょうか。本業を別に持ち、余力資金で売買しているには、金融派生商品も刺激的で面白いと思います。たとえ負けたとしても逃げるところがあるのですから・・・。

しかし、大きな資金で、これらを生活の糧とした場合、金融派生商品を単独で、しかも高いレバレッジで運用できるかということです。私はこの点を強調して言いたいのです。もし、投資で生活をしていたとすると、万が一、失敗したら、もうどこにも逃げるところはないのです。私の本音はここにあるのです。

ネガティブな解説で申し訳ないのですが、以前に、外国(イギリス)の銀行でカリスマと呼ばれたトレーダーの収益が、その銀行の収益の半分を稼いでいたという話を聞きました。しかし、そのトレーダーが、ちょっとしたつまづきから巨大な損失を被り、結果的に、その銀行を倒産させてしまったという実際の話があります。やはり、これらも金融派生商品の単独の売買だったようです。

金融派生商品の悪い面ばかり書き綴ってしまいましたが、金融派生商品も本来の正しい利用であれば、その限りではないことも申し添えておきます。

金融派生商品に限らず、投資の世界は、風船と同じように、ある程度のところまで膨らまして終わりにすればよいのですが、人間の欲には限りがないように、膨らましすぎればいつかは破裂してしまいます。投資とは、このようの人間の欲(弱い)の部分を突いてくるものです。

では、なぜ金融派生商品は高いレバレッジが可能なのでしょうか。その理由については、あまりご存知でない方も多いかもしれません。株式はレバレッジが3倍程度であるのに対し、金融派生商品は何十倍もの高いレバレッジが可能です。その差には何があるのでしょうか。それは、そもそもその利用方法が「保険として利用するべきものである」という理由からです。

火災保険を考えて見ましょう。たとえば家屋に2000万円の保険を掛けたとしましょう。一般に、その保険の掛け金は年間数万円といったところでしょうか。万一のことがあれば、掛け金数万円で2000万円の保証が得られるということになります。そのレバレッジは相当なものです。

同様に、金融派生商品は保険の役割をするものですから、少ない資金で大きなレバレッジを効かせることが可能となるわけです。くどいようですが、金融派生商品の本来の利用方法は、ヘッジとして利用するために開発された商品なのです。ある意味では、掛け捨ての保険と考えることも・・・。

何事も、その利用方法を正しく理解して使用しなければ本来の機能を発揮できないものです。正しく利用しなければ、たとえ、一時的に収益を上げたとしても長くは続かないということです。

これからも長く投資の世界で活動して行きたいと考えるならば、これらの点について深く理解し、正しく運用していただきたいものです。

私は、このように投資活動を長期的展望に立って「投資の世界で長く生きていく」という視点から解説しています。当コメントは、今後も常にこのような考えに沿って解説して参りますので、何卒ご理解いただきたいと思います。

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おもしろ動画
www.youtube.com/watch?v=gGxeH7PyqTs&feature=player_embedded
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   ≪ ひとりごと ≫
2018/10/12(Fri)

2018/10/06 のコメントです。

投資の世界は、長期的にはファンダメンタルズをベースして変動し、短期的には、需給関係で上下するものです。たとえば、株価が1000円になったとします。この1000円で利が乗ったので利食いしようと考え、決済する投資家がいます。

一方、1000円は、まだ割安であると判断して新規に買い付けに入る投資家もいます。つまり、同じ価格でも決済する投資家がいれば、新規買いをする投資家もいるわけです。投資で利益を上げようとするのが投資家ですから、その目的は一緒のはずですが・・・。

同じ価格で一方は売り、他方は買いとなって初めて値が付くことになります。それらが出来高となって現れてきます。これらの繰り返しが市場を変動させる要因となります。もし、すべての投資家の考え方や投資手法が同じであれば、株価は一方通行になるか、または変動しなくなるわけですから・・・。

これらは目的は同じであるものの、その行動は異なっています。それは、それぞれの投資家の投資に対する考え方、投資手法、資金量などが異なっているからです。投資家も十人十色であって、それぞれの価値観を持って行動します。

そこで、当コメントの解説に付きましても、たった一人の投資家の価値観で解説していますので、これらの解説に対して異論や反論があるのも当然です。私は、これらを理解し、すべてにおいて受け入れているつもりです。

世の中には、素晴らしい才能を持った人がたくさんいます。投資においても、動物的な勘が鋭く、カリスマと呼ばれる投資家もいることでしょう。人間には、それぞれに得意とする分野があるものです。才能や価値観は、それぞれ異なって当然です。

ましてや、ただ長く投資の世界にいるだけという、ひとりの投資家の考え方など間違っているところも多くあるでしょう。一介の投資家が、多くの投資家に対し「投資とは何ぞや」などと解説するのも、おこがましい感じもしているのですが・・・。

人間は、今まで生きてきた過程において、いろいろな経験や体験を通して、その人なりの人格が形成されるものです。ですから、投資の世界においても、それぞれの価値観は異なっても良いわけです。

私が、先週コメントした『「危険な傾向だ」と・・・』にしても、私が歩んできた投資人生において直感的に感じたものであり、私自身の経験や体験から無意識に出てきたものであり、これもまた、私自身の中では否定できないものです。

「そんなのは古い考えだよ。時代遅れだよ。」という声も聞こえてきそうですが、これらに対しても、金融派生商品は時代のニーズであり、その性格を理解し、リスクヘッジとして利用すれば非常に効率的な運用が可能であることも理解しています。

このように世の中は常に変化して、とどまることを知らない諸行無常の世界であることを理解しつつ、ご意見や反論には自戒を込めて受け入れているつもりです。

「危険な傾向だ」につきましては、現在、実際にオプションやFX、先物、仮想通貨等を実践している投資家からは反論が出てくるのも当然です。これらの金融派生商品を売買している投資家の気持ちも十分に理解しているつもりです。先週のコメントに、『かつては、私もそうであったように、若い投資家の気持ちは理解できる』と説明してあります。

また、『投資の世界も常に進化し、金融派生商品などもどんどん開発されてきていますので、当然の傾向なのかも知れません』と、受け入れているつもりです。

しかし、若い投資家の気持ちを理解しつつも、現実の世界に目を向けてみると、これらの派生商品を単独で売買をしている投資家が、私の周りから一人減り、二人減りと消えていく悲しい現実も見ています。私には、これらのインパクトが強かったためか「危険な傾向だ」と直感的に感じたのかもしれません。これも事実です。

当然ながら、これらの派生商品の本質を正しく理解し、確実に収益を上げている投資家がいることも知っています。私は、これらの事実は事実として直視し、理解しているつもりです。

「自分の投資法が最高」と、誰でも、現在使用している投資手法やその考え方をベストと思っています。当然です。その投資手法が自分の価値観に合っているのでしょう。だから、現在も自信を持って、その売買法で運用しているわけです。しかし、自分の投資手法以外をすべて否定することはいかがなものでしょうか。

すでに述べましたように、人間は、それぞれ価値観が異なります。よって、他の投資家の考え方や投資手法を否定すべきではないと考えます。『それらの考え方や投資手法は、自分には「なじまない」』と理解すべきではないでしょうか。投資の世界には正しい答えはないわけですから・・・。私はそのように捉えています。

当コメント欄は、長い間、投資の世界で生き抜いてきた、孤独なひとりの投資家の経験や体験の中から生まれた、投資に対する「ひとりごと」と理解していただければ嬉しく思います。




   ≪ 虎の子の資金を失わないように ≫
2018/10/06(Sat)

2018/09/28 のコメントです。

一般的に、家を買うために銀行から住宅ローンを受ける場合、景気動向や金利情勢により多少の変動はあるでしょうが、通常、頭金は20〜30%の現金を入れて購入するものでしょう。

頭金の20〜30%は、長年培われてきた経験則やデータに基づいてはじき出されたもので、双方にとって無理のないところなのでしょう。これらにより住宅ローンで家を買う立場の人のレバレッジは、3倍から5倍ということになります。

貸出先である銀行も、この程度であれば債権の回収が可能と踏んでのことです。しかし、デフレが続けば、その担保となる土地などが値下がりし、担保割れということも起きてきます。

担保割れとなれば、債権の回収ができなくなる可能性が発生し、時には追加担保を要求されることもあります。このように景気動向によっては、貸出先である銀行側にもリスクが発生してきます。

一方、借り入れ側においても、景気低迷により収入が減少し、ローンの返済が危ぶまれる可能性も発生します。購入した土地が値下がりすれば、自宅を処分しても借金だけが残るということにもなります。最近は、住宅の競売が増加しているとのニュースも聞かれます。

このように、景気低迷となれば、貸し出し側、借り入れ側双方が痛手を被る結果になります。以前のリーマンショックは、このようなサブプライムローンをきっかけに発生したものです。資本主義は、緩やかなインフレ状態の中でしか効率的に機能しないものです。

景気低迷により金利も低く抑えられているため「利息も少ないし、今後のために何かに投資しなければ」という考えで、投資市場に参入してくる投資家も多いようです。しかし、金利は景気動向により決定されるものであって、現在のように、消費者物価もあまり上がらない状況では、あえてリスクのある投資などには向かわなくてもよろしいのではないでしょうか。ミイラ取りがミイラにならないように・・・。

さて、上記の解説は、レバレッジが3倍から5倍でも景気動向によっては、双方にリスクが発生するという説明ですが、なぜこのような説明したかと言いますと、実は、私がある会合に出席して感じたことについて説明しようと思ったからです。

その会合は30代が中心の投資家の集会でした。いろいろと話を聞いているうちに感じたのですが、それは「株式投資」の話がほとんど出てこないということです。話の中心は、「オプション」「FX」「先物」、更には「仮想通貨」「CFD」に関することでした。その主催者にも聞いたのですが「最近は株式投資は少なくなっているようです」との話でした。

オプション、FX、先物、仮想通貨、CFD等は、小資金での売買が可能であり、非常に大きなレバレッジでの取引ができ、大儲けが期待できる商品でもあります。つまり、ハイリスク・ハイリターンの取引となります。

会場では、それらについて皆さん得意げに話をしていました。たしかに書店に行っても、オプション、FX、先物、仮想通貨などの書籍が幅を利かせているのは事実ですし、証券会社も一生懸命にセールスしているようです。投資の世界も常に進化し、金融派生商品などもどんどん開発されてきていますので、当然の傾向なのかも知れません。

そこで私は尋ねてみました。「株式投資はどうですか」と。すると「株はかったるくてやってられないよ。買ってじっといつまでも待ってることなんかできないよ。儲けも少ないし・・・」との返事が返ってきました。

最近の若い投資家は、このような考えでオプション、FX、先物、仮想通貨などを中心に売買しているのかなあと思いました。いろいろと参考になりました。しかし、私は直感的に感じました。「危険な傾向だ」と・・・。オプション、FX、先物、仮想通貨などの本来の利用の方法を理解しているのだろうかと。

若い年代の人は動きが機敏であるし、デイトレードなどで売買を行っても、その反応は早く、思った価格での売買も可能でしょう。また、集中力もあるし、モニターとにらめっこしての長時間の売買も可能でしょう。それより何よりも、リアルタイムに動く変動が刺激的なのでしょうか。

私が感じたもうひとつは、若者ゆえにその投資資金は少ない。少ない資金で低い利回りでは利益も小さく物足りない。そのため、いきおい大儲けを狙い、レバレッジを大きくかけることのできる商品の売買に走るのではないか・・・。かつては、私もそうであったように、若い投資家の気持ちは理解できる。

しかし、上記のようにレバレッジが3倍から5倍であってもリスクは生ずる。レバレッジもほどほどにしないと取り返しのできないことにもなりかねない。そして、それらの商品の正しい利用の方法も・・・。これらのことを十分頭に叩き込んでから売買していただきたいものです。

老婆心ながら、「急いては事を仕損ずる」「急がば回れ」ということわざがあるように、あせらず足を地に付けて売買すべきであると思うのですが・・・。オプション、FX、先物、仮想通貨などは、それなりの専門知識を必要とします。「大儲けかできるから」などと安易に考えていると大怪我をすることになりますよ。

株式投資家が市場に参入して退場するまで4、5年と言われています。FXなどでは、退場するまで4、5ヶ月とも言われています。知識も乏しく、投資金も少ないのでは、すぐに強制退場させられます。これらを裏付けるかのように、今回、会合に集まったメンバーは以前の半分以下であり、出席したメンバーも大半入れ替わっていた。

投資市場は、そんなに甘いところではありませんよ。ブームに煽られ、証券会社の甘いささやきに乗せられて、虎の子の資金を失わないように・・・。

「ブームはバブル」なのですから・・・。



   ≪ 知識と潜在意識 ≫
2018/09/28(Fri)

2018/09/21 のコメントです。

「山高ければ谷深し」と言うことわざがありますが、これらは相場にも良く当てはまります。暴騰した株価はいずれ下落して、本来あるべき株価より更に下落し、その後は長期低迷を余儀なくされるケースも多いようです。

これらの現象は当然であり、そこに「作用、反作用」の原理が働くためです。これが株価の変動そのものであるわけです。物事は森羅万象「作用」「反作用」の原理で動く。「作用」「反作用」は、調和(バランス)が取れるまで続くものです。

相場を通して、さめた目で見ると日本人の気質がよく分かります。日本人は非常に我慢強く周囲にも気を配る、素晴らしい国民性ではあると思いますが、反面、自分の意思を相手に伝えることが下手である。これらも農耕民族に由来するものだろうか。

相場では時として「我慢強さ」も必要ですが、塩漬け銘柄を我慢強く持ち続けるというのは、いかがなものでしょうか。案外心当たりがあるのでは・・・。

日本人は自己主張の強い人を嫌う傾向がある。あまり目立つと足を引っ張られる。そのためか中流意識が強く、そのバランス感覚は長けている。「みんなと一緒」が大好きである。生き抜くための知恵として潜在的に植えつけられたものだろうか。

「みんなと一緒」がブームを巻き起こす。みんなが右に習えである。そのほうが安心するからであろう。これらは、小学生時代に整列するときに「右に習え」という訓練を受けたためであろうか。それらの後遺症かも・・・。それは冗談ですが。

私が常々申し上げています、「みんなと一緒」では儲からないと。「右に習え」でも儲かりません。このような日本人の性格や気質が相場には災いしているのかとも思っています。

私自身も日本人であり、当然ながら上記のような性格や気質は持ち合わせています。これらの国民性はDNAに深く刻まれているため、多少の努力では払拭できないものです。私の投資人生の前半は、このようなところでかなり苦悩したという記憶があります。

投資は、その精神面において人間の本質的な深い部分まで入り込み、最終的には本能的に決断することになります。つまり、結果的に自分に不利となる損失は無意識に拒否してしまうという行動を取ってしまいます。つまり、損切りができないということになります。

投資の世界で、損切りができなければ儲けることができないと誰でも知っていることです。しかし、これらは知識として頭で考えていることです。

投資の世界では常に決断に迫られます。毎回の決断において、常に冷静な判断ができるのであればよろしいのですが、負けが込んで追い詰められた状態で決断を迫られたときに、いつも正しい決断ができるでしょうか。

一般的に、追い詰められれば、その判断に苦慮します。そのときに本来の人間性が出てくるのです。損切りは、投資の世界に入って知識として得たものであり、後から覚えたことです。しかし、潜在的に持っているものは、生まれたときから備わっているものです。

結局、追い詰められた状態になると、後で覚えたことより潜在的に持っているものが優先することになります。つまり、「自分に不利となる損失は無意識に拒否してしまう」ということになり、結果的に損切りができなくなってしまうわけです。

日本人には「みんなと一緒」「右に習え」的な潜在意識があるということを十分理解し、投資において、その対策を講じておかなければならないと思います。いかに冷静さを保ち運用ができるかと・・・。



『人は固定観念や自己暗示によって行動している。何の疑問も持たず常識を鵜呑みにしている。これでは「烏合の衆」となる。既成概念にとらわれるな。』

『決断する前に自分の鼓動に聞いてみろ。興奮状態で結論を出すな。決断は常に平常心で行うべし。』

『焦りと緊張、そして油断は多くの失敗を招く。』

『負けの原因の多くは自滅である。』



   ≪ 選挙と投資 ≫
2018/09/21(Fri)

2018/09/14 のコメントです。

近く自民党の党総裁選があり沖縄県知事選もある。私は長い間、選挙結果と株式市場について感じることは、その選挙結果は、一日ないしは二日程度は、その結果如何で市場も変動しますが、その後は何事もなかったように市場は推移していました。

これらの意味するところは、みんなが選挙だと騒いでいる割には国民の関心度が薄く、さめた状態で政治を見ているのかなあと思います。

選挙を投資家の視点で考えると、景気回復、経済成長に関する政策と共に、財政再建に向けた取り組みをしてもらいたいと考えているのではないでしょうか。また、少子高齢化という社会構造の変化と、労働力人口の減少等を要因とした潜在成長率の低下は避けられない環境の中、将来に向けた全体像をどのように構築していくのか関心のあるところです。

話題はちょっとそれますが、世の中には「お祭り大好き人間」がいるように、「選挙大好き人間」もいるようです。通常は、まじめな一般市民であった人が、いざ選挙となると人格が変わってしまったかのように変身します。

支持する立候補者に対する入れ込み様は激しく、選挙活動は率先して行い、あたかも自分が立候補者であるかのように大変身してしまいます。当選できるなら、何をやっても許されるかのような錯覚に陥ってしまうようです。

何がそうさせるのか私には分かりませんが、そのエネルギーを仕事や家庭に振り向けたらもっと良いのではないかと、覚めた目でひとり考えています。選挙も相場と同様に人格まで変えてしまうのでしょうか・・・。話題を戻しましょう。

投資ニュースでは、今回の選挙の結果によって日本の景気はどのように展開し、それらに伴いどの業種は注目されるだろうか、そしてその銘柄は・・・、などと解説しているようです。そして、多くの投資家はこれらに聞き入っている。

選挙があるたびに、このようなニュースや解説が飛び交い議論伯仲と言ったところでしょうか。しかし、これらも投資判断を材料や情報にゆだねて売買するのと同じような気もするのですが・・・。

政権公約や政策宣言であるマニフェストなどを聞いても、選挙のためだけの美辞麗句を並べているだけのように思えてしまう。その裏付けや実行力はどうなのだろうか。たとえ政権交代となっても、その実現性はどうなのだろうか。

誰でも政治の行方や景気動向などは、無意識ながらも関心を持ち、自分自身の体験の中から自然と湧き出てくるものです。株式投資では、個人が感ずるところのままに売買した場合には、どのような展開になるでしょうか。

うまく予想が的中すれば大儲けも可能でしょう。しかし、反対の展開になった場合には、即座に対応できるでしょうか。それぞれの個人が感ずるままに行動した場合に、その信念は固いはずですから、そう簡単には方向転換できないはずです。

このような売買では、勝つか負けるかの丁半バクチになってしまいます。株式投資は勝負事ではないことは十分承知のはずです。

株式投資は、勝負ではなく運用であるはずです。よって、選挙の結果如何で市場がどのような展開をするかは興味深いところですが、予想や予測による投資判断は避けるべきであると考えるのですが、いかがでしょうか。

もし、選挙結果によって市場が大きく変化すると考えるならば、一旦、持ち株を処分して、市場の動向を見極めてから再度参入することも可能なはず。投資家の読みに従った売買は、結果的に勝負となり、たとえ今回は勝ったとしても、今後の保障はありません。

いずれにしても、投資では、私的な感情や感覚での売買は避けるべきであると考えます。



   ≪ 数値と直感 ≫
2018/09/14(Fri)

2018/09/08 のコメントです。

株式取引もネット取引が主流となり、証券会社の窓口などに出向く機会はめったになくなった。たまに、証券会社を覗くと人もまばらで、居たとしても年配の投資家が多いようだ。

投資家の株談義は結構長い。証券会社の株価ボードの前で年配の投資家達が株の自慢話やグチなど、あれやこれやと株談義に花を咲かせている。失礼な話ではあるが、まるで年寄りの寄り合い所のようである。

株式投資は物を扱うわけではない。お金をやり取りしているもののお金を見ない。株券も見ない。売買伝表もネット上で見る。税金も天引き可能である。取引もキーボードをたたくだけである。株式投資は非常に無機質なものです。

人間は、物質的な物や人間との係わり合いがないと非常に不安になるものです。これらの不安を癒すために株仲間?と話しをしたりして心を癒し、そのバランスを保とうとするものです。これらは、ある意味では自然の姿なのでしょう。

株式投資もネット取引となり、人との係わり合いがまったくなくなってしまった。ディトレードなどでは、これらの現象は顕著に表れてきます。部屋に閉じこもり、ひたすらパソコンの画面を見ながらキーボードをたたく。

人間が緊張に絶えられる時間は2時間程度と言われています。長期間の緊張状態でもそれなりに儲かれば良いのですが「株式投資は損の続くゲームである」とも言われているように、毎日楽しいことばかりではありません。

投資というものは、なかなか思い通りにはいかないものです。相場で負けると、その判断ミスをいつまでも引きづることになります。相場はいくら考えて正しい答えはないのです。明日の上げ下げは五分五分なのであるから考えすぎてもしょうがないのだが・・・。

株式投資を実践していると、どうしても相場動向が気になります。「明日は上がるだろうか、下がるだろうか」と。しかし、どのように考えても、どのような分析をしても絶対という答えは出てきません。明日になってみなければわからない。

わからないことをいくら考えても正しい答えは出てこないわけですから、明日のことは考えず、現在の分析数値で判断、決断すべきであると考えるのですが・・・。

せいぜい売買の決断は1〜2分でしょう。あまり考えすぎると結果的に間違った判断となる場合が多い。考え過ぎた売買の判断を後で冷静になって考え直してみると、自分でもどうしてそのような判断をしたか疑問に思ったことはなかったでしょうか。

売買の決断はあまり長い時間をかけると迷いが迷いを呼んで、結果的には曲がった方向に向かってしまうことになります。いつまでもぐだぐだ考えていてもしょうがない。ではどうすればよいのか。

私は、常々申し上げていることですが、株式投資は「現在与えられた明確な数値による判定」という捉え方をするべきであると考えます。判断に迷ったときに最終的に頼りになるのは「明確な数値」しかない。そう考えるのは私だけでしょうか。

話は変わりますが、最近のメディアはフェイクニュースのオンパレードのように思えます。アメリカのニュースメディアはトランプ大統領叩きに明け暮れているようだ。真実の裏づけもなく、ただ「アメリカのニュースで言っているように・・・」と日本では報道されている。あたかもアメリカのニュースメディアがすべて正しいかのように。

アメリカのメディアも日本のメディアも同じようなものではないだろうか。噂話も尾ひれが付いて、まるで真実であるかのように報道されている。私は「マスメディアの情報の9割はノイズ(雑音)。我々はノイズの中で生きている。時として、メディアにより真実が嘘の情報のもとに隠蔽されることがある」と申し上げています。

そのような中、元ウクライナ大使であった馬渕睦夫氏の外交・国際政治の分析手法は、既存のメディアからの情報収集ではなく、情報は公開された情報のみで分析すると言う。そのため、その分析は的確であり業界からも一目おかれている論客です。

「公開された情報」と「明確な数値」は共通するものであり、これらをベースに分析することが正しい結果を生むことになるのではないだろうか。

とは言え、投資の世界には悩みはつきものです。もし、「明確な数値」も把握できない。根拠ある数値も持っていない場合はどうすればよいのでしょうか。

これらの悩みをできるだけ解消したいと考えるのは皆同じです。そこで、これらを少しでも解消できるであろうという方法を提案してみたい。その方法とは・・・。

一般的に、解決策を考え込むより最初にひらめきいた直感が正しい判断となる場合が多い。直感とは、今まで積み重ねてきた体験や経験をもとに、人間を正しい方向に向けさせるための本能的な行為である。瞬時に具現化するものです。直感は、私が常々申し上げている「主観」とは異なるものですのでお間違いのないように。

しかし、その直感もいつも正しいとは限らない。当然ながら、過去に体験や経験が乏しい場合には、この限りではない。ひとつの捉え方として理解していただきたい。

投資家の皆さんも多くの体験や経験を積んで、直感的に正しい判断ができるように日頃から努力していただきたいものです。これらは、株式投資に限らず、一般生活においても活用できるものです。

ある有名な骨董家が、その弟子から「骨董品の価値を見抜く方法は如何に」と尋ねられた時に、その有名な骨董家は、弟子に一言「多くの骨董品を見ることだよ」と言ったそうです。



   ≪ エピソード ≫
2018/09/08(Sat)

2018/08/31 のコメントです。

《 エピソード T》

大舞台で、9回の裏、ツーアウト満塁。その時、マウンドのピッチャーは・・・。そのような状況になっても野手は駆け寄ってこない。ベンチの監督からもピッチャー交代のサインは出ていない。

この時、ピッチャーはマウンドで何を思うか。試合の行方はすべてピッチャーにかかっているようだ。とにかく、ピッチャーは次の球を投げるしかない。その時のピッチャーの心境は二つであろう。ガチガチに緊張して投げるか、開き直って投げるか、いずれかであろう。このような場面は、人生においても大なり小なりあり得ることだ。

次の投球で明暗が分かれるだろう。もし次の投球で打たれて負けても仕方がないだろう。負ければ悔しい。悔し涙も出る。夏の高校野球を見ていればよく分かる。

その後、悔しい思いをした投手はいかがだろうか。おそらく、そのことは一生忘れないだろう。その投手がその後、同様な状況に追い込まれたときは何を思うだろか。たぶん「あの時の悔しさだけはもう味わいたくない」と思い、その困難に対し、必死に何らかの対応策を考えるに違いない。

この「困難に対し何らかの対応策を考える」とは、人は、もがき苦しみ、悩んで困難に立ち向かうことによって、あらゆることを体験し積み上げていくことになるのです。困難や失敗は教訓として後世に残るのです。

子供は転びながら、ケガをしながら、泣きながら成長していくものです。この困難や失敗の体験こそが人間の成長に他ならないのです。困難は前進している証しであり、困難は人を強くするものです。

多くの体験こそが財産であり、体験に優るものなしです。たくさん傷ついたことが、最後に自分の最大の強みになることを忘れないでほしい。


《 エピソード U》

ある女性が、お盆にお客さんが来るので、世間体が悪いからと暑いさなか、しぶしぶ草取りを始めた。辛かったのだろうか、終わった後に「腕が痛い、腰が痛い」とこぼしていた。挙句の果てにマッサージに出かけた。楽しくない仕事は疲れるらしい。

ある日、ある女性は美術展にひとりで銀座まで出かけた。帰って女性いわく「今日は楽しく美術展を見てきたわ、だいぶ歩いたけど楽しかったのでぜんぜん疲れなかったわ」と。自分の好きなことではまったく疲れないらしい。

たしかに、自分の好きなことをしているときは楽しいし疲れることなどない。私みたいに美術にまったく興味のない人が美術展まわりしたらいかがだろうか。

誰しも好き嫌いはあるだろう。しかし、人生、嫌なことをしなければならないことが多い。辛いことも多い。そのような時、どのように対処すべきか多くの人たちは悩む。

多くの人たちは気づいていないだろうが、自分のために頑張るのと人のために頑張るのでは、どちらが頑張れるだろうか。多くの人たちは、自分のための方が頑張れると答えるはずです。はたしてそうだろうか。

よく考えてみてください。男は自分のためというより家族のために頑張っているのではないだろうか。たとえ自分は辛くても家族があるから頑張っているのです。母親は子供のためには一心に愛情を注いでいるではないですか。子供のためにと頑張っているのでしょう。

人は自分より人のための方が頑張れるのです。このような考えより、嫌いなことでも人のためになる、人が喜んでくれると思えば、頑張れるし、その辛さも半減するというものです。

辛い草取りも、人が来たときに「いつもきれいにしていて気持ちがいいわね」と喜んでもらえれば、草を取った人も嬉しいに違いありません。このように辛い仕事も自分のためだけではなく、多くの人たちに喜んでもらえると考えれば、辛いことも乗り越えられるのではないだろうか。要は、心の置き所なのだろう。


《 エピソード V》

オリンピックなどの国際競技で、日本の選手を見ていると、かなり緊張した様子で競技に挑んでいるようだ。一方、外国の選手を見ていると、なんとリラックスしてゲームを楽しんでいるように思われる。そのように感じるのは私だけだろうか。

日本選手の緊張と外国選手のリラックス。これだけを比べたときに、どちらの選手が記録を生み出せるだろうか。

人は緊張すると筋肉が硬くなり、本来の力が発揮できないように思う。反対に、リラックスすれば筋肉も柔らかくなり、本来の力も発揮できよう。よって、外国選手のようにリラックスして試合に挑めば、本番で実力以上の力を発揮することも可能となるだろう。

選手たちは皆、最善の努力をして試合に挑んでいる。しかし、成果を上げるには、リラックスして筋肉の緊張を解きほぐし、試合を楽しむことによって大きな成果を上げることができるものです。

リラックスすることにより、その能力は開花するものです。緊張は本来の能力を封じ込めてしまうものです。結果に依存しすぎるから緊張してしまうのです。結果に依存せず、そのプロセスを楽しむぐらいの気持ちが必要ではないだろうか。

余談ではあるが、今回のジャカルタのアジア大会競泳では、すばらしい成績を収めました。特に池江璃花子は8種目に出場し、バタフライや自由形、リレーなどで計6個の金メダルを獲得しました。

私は、池江璃花子が試合直前にあくびをしていたのを見ました。全然緊張がなかったようです。



   ≪ 株価チャートの錯覚 ≫
2018/08/31(Fri)

2018/08/26 のコメントです。

一般的に、短期的な株式トレーダーは、パソコンなどで株価チャートを見ながら売買の判断をすることが多いと思います。ある投資家はテクニカル指数を駆使しながら、また、ある投資家は、株価チャートを眺めながら、経験に基づく主観的な判断で売買をされているのではないでしょうか。

そこで、株価チャートを見ながら売買する場合の注意点を述べてみたいと思います。パソコンで株価チャートを見ると、すべての銘柄が株価チャート表示の枠内に表示されます。すでに、ここに問題があります。

株価チャートの表示は、すべて、ある一定期間の高値を上限とし、安値を下限として表示されます。これでは視覚的に、すべて同じような変動幅の株価チャートになってしまいます。このような同じような変動幅の株価チャートを視覚的に捉えた場合、どのような問題を引き起こすのでしょうか。

株価100円から200円に上昇した銘柄も、100円から500円に上昇した銘柄も見た目では同じような変動幅の株価チャートと錯覚してしまい、株価を正しく捉えることはできないのです。これらも株価チャートを見ながらでの売買が、うまくいかない要因のひとつではないでしょうか。

とは言っても、現行の株価チャート表示は、すべてこれらの方式での株価チャート表示です。そのため、これらの点について、十分考慮に入れて判断する必要があります。

また、年配の投資家で目先売買を得意する投資家に見られることですが「小すくいで10円幅を取るんだよ」などと話をしているのを聞くことがあります。つまり、10円の利益が取れたらすぐに決済してしまうということです。

ひと口に10円幅と言っても、100円の株価の10円か、1000円の株価の10円かによって、その利益率が異なってくるはずです。100円の10円であれば10%ですし、1000円の10円であれば1%にしかなりません。

私は、利益幅を「円」で言うのにはあまり同意できません。投資の原点は、投資金に対する利回りです。利回りは「率」で表現します。これらと同じようなことが、株価チャートを見たときに錯覚を起こしやすくなります。

たとえば、100円の株価から200円に上昇したとします。その後、200円から300円に上昇したとすると、その上昇幅は、どちらも100円です。視覚的に見ても同じです。しかし、利回り的に見た場合はいかがでしょうか。

100円から200円までの上昇率は100%です。しかし、200円から300円に上昇したときの上昇率は50%です。つまり、上昇幅が同じであっても仕掛けの時点から判断すれば、その利回りは大きく変わってくるということです。

株価チャートを見たときに、株価は天井近辺になると大きく上昇しているように見えます。しかし、実際には見た目より上昇の「率」は小さいのです。これもやはり、錯覚しやすい点です。実際には、底値近辺からの上昇の方が、その「率」は大きいものです。つまり、株価が上がれば上がるほど、その上昇率は小さくなるということです。

100円から200円で上昇率100%、もし、200円からの上昇率100%とすれば400円となります。見た目では、100円から200円より、200円から400円の方が、上昇がはるかに大きいと感じるでしょう。これらは、実際の株価チャートで「率」での比較をしてみるとよく分かります。

このように、株価チャートを見るとき、最初に視覚的な要因が取り込まれます。そして、その視覚的要因をもとに売買の判定を下すことになり、これらにより、売買において多くのミスを犯す可能性が出てきます。。

もし、株価チャートを視覚的に判断したいというのであれば「対数チャート」をお奨めします。対数チャートは、同じ銘柄を従来の株価チャートと比較した時には「これが同じ銘柄なのか」と驚くと思います。

対数チャートとは、チャートの縦軸(株価)の表示間隔を、値幅ではなく、変動率(対数)で表示したチャートです。簡単にいえば、株価の上昇率と下落率を同じ間隔で見えるようにしたチャートです。

株価チャートを見ながらの売買には、上記のようないくつかの落とし穴があります。これらに気づかず、主観的な売買を続けていても結果は「押して知るべし」です。

株式の分析は、必ず「数値」および「率」により判断すべきです。



   ≪ 視点を変えて ≫
2018/08/26(Sun)

2018/08/17 のコメントです。

タクシーに乗ったとき、年配の運転手が「景気が悪くてどうしようもないよ。売り上げも以前の半分だよ。やってられないよ。」と嘆いていた。昔から、タクシーの運転手に聞けば景気が分かるなどと言われていますが・・・。

これらも世相を反映する事例かもしれません。私もタクシーに乗ったときなど最近の景気動向などを話すこともあります。「売り上げも以前の半分だよ」と言うように、現在の景気状況を如実に表しているようです。

私は、そのように愚痴をこぼしている運転手に次のように話しています。「たしかに今は景気は悪いでしょう。しかし、現在の状況は、最高に良かったときと比較していませんか」と話をすると、たしかにその通りですと答えが返ってきます。

続いて私は「戦後のドサクサの時代と比較したらどうですか」と振ってみた。すると、当然ながら「もちろん、その時代よりは良いに決まっていますよ」と。視点を変えるだけでこれだけ変わってしまいます。

多くの人間は、現在の状況を表現するときに、過去の一番良かった時と比較する傾向があります。と言うことは、過去の一番良かった時と比較するわけですから、現在は常に悪い状態になってしまいます。つまり、いつも悪い状態と認識しながら生活しているということになりませんか。

結果的に、現在の悪い?状況にいつも嘆き悲しんでブツブツ言っていることになります。これでは毎日が楽しくありません。たまには、自分が最悪だったときと比較してみてはいかがでしょうか。そうすれば毎日ハッピーで過ごせるのでは・・・。

人間は、過去において最高の体験の時、過去の栄光の時の記憶は鮮明に残っています。話の中には、必ず「あの時は良かったなあ」という話が出てきます。これらのことを「快感の法則」と言うらしい。一度味わった快感は忘れないらしい。

相場においても「快感の法則」が随所に出てきます。相場の話では、必ずバブルのころの大いに儲けた話が出ます。そして、自慢話に花を咲かせます。過去の栄光に酔いしれているわけです。しかし、現在は・・・。

ある銘柄を買いに入り、株価は上昇し利食いしようかと思ったが、相場も強いようだしと様子を見ているうちに下落。その時に投資家は、せめて利食いしようかと思った高値まで戻ったら決済しようと考えます。つまり「高値覚え」です。これらにも「快感の法則」が作用しています。前の高値が忘れられない・・・。

人生においても、相場においても、この「快感の法則」が作用しています。すなわち、これらが「相場は人生の縮図」と言われる所以でしょうか・・・。

人生でも相場でも、その絶頂期は自分では分からないものです。常に振り返って思うものです。であるならば、現在が最高と言わないまでも、現在は「まずまず」であるとか、「ベター」であるなどと考えるべきでしょう。

今が苦境であるとすれば、その視点を変えるべきです。過去の絶頂期と比較して悔やんでいても何も始まりません。過去における悪い時期から現在を見てみることによって、その考え方も変わってくるはずです。

現在の状況を上から見るか、下から見るかによって、現在置かれている自分の状況や考え方が変わってくるはずです。これらは、長い人生を生き抜く知恵とでも申しましょうか・・・。

まれに、現在の状況が最悪だと言う人もいるかもしれません。しかし、心配しないでください。今、自分が置かれている状況が最悪であるという冷静な判断ができているわけですから・・・。まだまだ大丈夫です。

暴落では、大きな痛手を被った投資家も少なからずいたでしょう。しかし、何も悲観することはありません。転んだら、また立ち上がって歩き始めればよいわけです。自分が置かれてる現状を「これからだ」と考えるべきなのです。



   ≪ マネージメントの欠如 ≫
2018/08/17(Fri)

2018/08/10 のコメントです。

投資手法は投資家の数ほどあると言われています。どのような投資手法であっても、「これが一番」という手法はないわけですから、それぞれの投資家の性格や資金量などに合った手法で運用されればよろしいと思います。

ファンダメンタルズ分析でもテクニカル分析、あるいは両方でも、要は継続的に収益が上がれば良いわけです。投資家は皆、自分に合った投資手法を駆使し日々投資活動を行っています。

ある投資家が言った。「長年投資活動をしているが、収益が安定しない。大きく儲かることもあるが、大きく損を出すこともある。資金効率が非常に悪い。これらを何とか改善できなものか」と。要するに儲からないということであろう。

その投資手法を尋ねてみると、主にテクニカル分析が中心でパソコンに表示される分析指標を組み合わせるなどして売買しているとのこと。主にRSIやストキャステックスなどのレシオ系の分析指標を採用していると言う。

RSIやストキャステックスなどのレシオ系の分析指標は、その指数を0から100までの範囲に収め、25以下は買い、75以上は売りなどとしている手法が多い。

これらの分析指標を利用するには、いくつかの問題点があります。まず、買いの場合、指数が25以下となったので買いに入ったとします。そこまでは良い。買いに入ったものは、いずれ売り決済しなければならない。売り決済は、指数が75以上となったところであるので、その水準になるのを待つ。

しかし、ここで考えてみてください。25以下となって買ったとしても、いつになったら75以上で決済となるかわからない。25以下で買ったものの75以下水準で推移していた場合や更に25以下の水準に長期間停滞していた場合には、株価は買値より大きく下げている場合が多い。

それでも忍耐強く75以上になるのを待つのでしょうか。もし、相当期間後に75以上となって決済しても結果はマイナスとなってしまうはずです。このような経過を辿った場合に、投資家はどのような判断するのでしょうか。

日本の伝統的なローソク足分析などもにも同じことが言えると思います。もし、買いの型、たとえば、底三尊(ヘッド・アンド・ショルダー)が出現し、買いに入ったとします。その後、売りの型が出現せず、再び買いの型が現れた場合はどのよう対処すべきなのでしょうか。

レシオ系の分析指標で指数が25以下となって買いに入り、その後若干ポイントが上がったものの決済に至らず、再度、指数が25以下となっ場合に、更に買い増しをするのでしょうか。底三尊で買いに入ったものの、その後に三角もちあいなどの上値抵抗線を抜けたら再度買い増しするのでしょうか。

このあたりを明確にルール化しておかないと継続的な運用はできなくなります。もし、再度25以下になったら買い増しをする。ローソク足分析で買い付け後に、更に買いの型が出たら更に買い増しをするとします。

しかし、この買い増しは必ず1回とは限らないはずです。決済に至らず5回も10回も出る可能性だってあります。そのような場合、投資金の配分はどのようにするのでしょうか。

これらは、カイリ率などの逆張りにも言えることです。暴落などの際に、買基準に合格する銘柄は買いきれないほど一気に出現します。このような場合の資金配分はどのようにするのでしょうか。買基準に合格した銘柄は全部仕掛けるのでしょうか。もし、全部仕掛ける資金がなかった場合は・・・・。そのときの精神状態は・・・。

テクニカル分析指標を利用し運用される場合には、上記のような問題が発生します。運用前にこれらを明確にルール化して挑まなければなりません。しかしながら、これで問題が解決したわけではありません。

投資の原点に振り返って考えてみてください。投資とは、投資資金に対するパフォーマンスのはずです。

上記のような投資手法では、「買い」がいつ出るか、また「売り」がいつ出るか分かりません。買いでも売りでも、そのサインが出現するまで待機状態にあります。カイリ率の逆張りのように一気に仕掛けが出ることもあるだろうし、相場急騰場面では、買い仕掛けは一切出ないということもあります。

投資を運用という立場から考えた場合、投資パフォーマンスは常に準備した投資金に対しての利回りであるということです。仕掛けが一切出ない状態でも投資金に対して利回りは計算されます。

たとえば、1千万円の投資金のうち百万円の運用で50%の利益を上げたとしても投資金から考えれば5%の利回りにしかなりません。「休むも相場」と言われていますが、投資を本業とする投資家には休んでいることはできません。

投資家は、常に投資金に対する利回りから、投資に対する考え方や売買手法を構築すべきです。個人投資家には、これらの点(マネー・マネージメント)については配慮が欠けているように感じます。

一般の投資指南書には「ここで買って、ここで売ればこれだけ儲かります」などと解説されていますが、これらは売買技術であって、投資金の配分などのマネージメントについては一切書かれていません。

プロの運用者の間では、売買技術よりマネー・マネージメントが優先すると認識されています。今後は、投資金の配分なども十分考慮して取り組まなければなりません。従来の「売買」から「運用」へと脱皮することです。

当研究所では、これらの問題を解決すべく、投資金が常にフル活動できるようリスクヘッジを採用し、銘柄ランキングによる「どてん売買」での運用を行っています。



   ≪ レバレッジの功罪 ≫
2018/08/10(Fri)

2018/08/06 のコメントです。

最近の仮想通貨やFX、さらには先物などは、業者に預けた証拠金の数倍から数十倍もの額を外貨に投資できる仕組みですが、これらの倍率(レバレッジ)が高いと相場が予想通り少し変動した大きな利益を得ることができる。ある意味では大いに魅力的である。反面、相場が予想した反対の方法へ変動したなら大きな損失を被る。つまり、高いレバレッジはハイリスク商品でもある。

金融庁はFXに対し、これらの倍率を制限しようとしていたが、業者からの反発が大きく、今回は断念したらしい。これらは外為法改正でFX取引が認められて以降、規制云々するのは初めてのことらしい。

ご存知のように、レバレッジの高い取引は、大損の危険もあるが、大儲けのチャンスもある。最近では、少ない手持ち資金で高い利益を狙えるとみる投資家に人気を呼び、会社員や若い人、主婦層にまで取引が拡大しているようです。

相場が大きく変動すると元金を大きく失う投資家が相次ぐ。レバレッジの高い取引は、ギャンブルのようなものと以前から批判があったにも拘らず、取引業者は、高倍率を競って投資家を獲得しようとしている。

このようなことから、当局も規制に乗り出したのではないだろうか。為替取引業者側は、規制で顧客が離れてしまうと言い、利用者側も規制を望まないとの意見がある。金融庁は「やり過ぎ」「規制不要」との声も多かった。

FX取引を実践していない私としては、これらの問題に意見する立場にはないが、以前の金融危機の要因を思い出してほしい。金融危機は、実体経済から大きく乖離したレバレッジ・バブル経済ではなかったのか。

米国の投資銀行を見てみよう。投資銀行は少ない資金でレバレッジをかけ、大きく運用し大きな収益を上げようとしてきた。07年の3大投資銀行のレバレッジ比率(総資産を株主資本で除した比率)は30倍以上だったと聞いている。

しかし、以前の金融危機で保有資産が劣化したことに加え、資金市場が正常に機能しなくなってしまった。投資銀行が資金を確保するためには銀行に買収されるか、あるいは銀行の持ち株会社になるほかなく、その時点で米国のいくつかの投資銀行は消滅したのである。

皮肉にも日本のメガバンクや大手証券会社の一角は、消滅した米国の投資銀行を買収したりして、それを目指している。気になるところである。

レバレッジに関しては、米国では個人が住宅価格の上昇を期待して借り入れを増やし、この資金を使って消費していたのです。これもレバレッジのひとつです。

また、個人だけでなく、米国そのものが海外から経常収支の赤字をファイナンスし、豊かな経済を保ってきたと言える。しかも経済危機収拾のための財政出動により、さらなるレバレッジを利かせた財政運営となる。

「急いては事を仕損ずる」と言います。あまりにも急速な資金の増大を夢見て、大きいレバレッジを利用することは、その増大以上に大きなリスクが存在することを覚えておかなければならない。野放しの自由は暴走し、崩壊につながる。

一般的に、住宅などの購入資金として銀行から融資を受けるときには頭金が必要です。その頭金は、通常、購入代金の30%前後ではないでしょうか。購入代金の30%は3倍程度のレバレッジです。株式投資における信用取引もレバレッジは3倍程度です。このあたりが、レバレッジの適正倍率ではないでしょうか。

ノーベル賞を受賞した経済学者が参加したファンドもレバレッジのかけすぎで破綻しています。FX取引の倍率を云々と論争しているようですが、あまり欲をかくと墓穴に落ちてしまうような・・・。

<牛に引かれて善光寺参りの故事は>
「強欲なばあさんが布を干していたら牛の角に引っかかった。逃げていくので、その牛を追っかけて善光寺平までやってきた。やっと追いついて布を取り返そうとしたところが、その牛は仏様の化身だった。仏様に強欲の愚かさを説かれて改心した婆様は、以後信心して穏やかに長生きした。」

蒸し暑い日が続きますので、お体にはお気をつけ下さい。



   ≪ 夢を抱いて ≫
2018/08/03(Fri)

2018/07/28 のコメントです。

その男は、今まで多くの失敗を重ねてきた。持って生まれた性格なのだろうか、みんなと一緒に行動することが嫌いだった。いつも誰もやらないことをやろうと考えていた。大きな野望を持っていた。シャイな性格でもあった。相場格言に「人の裏に道あり花の山」とあるように、ある意味ではアウトローだったのかもしれない。

昔、運転免許を取りに行ったとき、性格テストなるものを受けた。これは運転における適正があるかなどをテストするものであろうが、その結果をを見て、ひと通り問題はないように思えた。しかし、ひとつだけ気になるところがあった。それは「協調性」のポイントが低かった。

男は、自分でもうすうす感じていたが、みんなと一緒になって騒いだり、同じ行動を取ることが苦手であることは事実だった。特にプライドが高いということもないが、多くの人といると疲れてしまう。気配りのしすぎなのだろうか・・・。今流行ので言葉でいえば忖度のしすぎだったようだ。これも個性と言えばそれまでだが。

そのような性格の男が、これからの自分の人生に大いに野望と夢を抱いて社会に出て行った。若いころは、効率が一番と考え、すべてに急いでいたように思う。昼夜を問わず、がむしゃらに働いた。大いに遊びもした。無理をして倒れたこともあった。思い立ったことは、すぐに行動に移した。ありとあらゆる仕事をした。多くの社員を抱え会社を経営したこともあった。

今考えれば、若気の至りかだいぶ無茶をした。多くの周りの人に心配や迷惑をかけたことも数多くあった。大きな失敗も経験した。後悔したこともたびたびあった。そして何となく自分に経営能力がないことも気づいた。これらは多くの失敗や挫折から学び取ったものである。これも適正テストにあったように、協調性の欠如からくるものだろうか・・・。

若いころに、自分の人生を最大限に謳歌できることは何かと考えた。そして、一番儲かる仕事は何かとも考えた。そのような考えの中、性格テストが示すように、組織の中ではやっていけないということも自覚していた。

生活もあり、組織に入れないのであれば、自分で何か起業して生きていかなければと考えた。毎日、書店や図書館に行って模索の日々を過ごしていた。そうこうしているうちに考えついたのが、一般のビジネスではなく、物を介さないビジネスだった。物を介さないビジネス、それは保険、金融、投資の三つがあり、これらは、お金を出してお金で戻ってくるビジネスであり、効率が一番良いと考えた。

保険業務は無理でした。一般の外務員となれば可能でしょうが、これでは組織の一員になることになる。保険は、その胴元(元受)にならなければ、本来の利益は得られない。つまり、保険会社を経営するということであるが、経営には向いていないということはわかっているし、ましてや現在の法律では、とうてい無理ということになる。

では、金融はどうかということになる。金融業は、昔から借りる時は神様、返すときには鬼と言われるように、ある意味では多くの敵を作ってしまう可能性もある。逆恨みほど怖いものはない。しかしながら、若さというものは怖いもの知らずで、金融業にチャレンジした。金融業ではそれなりの収益を上げたものの、その後の貸金業規制法により廃業を余儀なくされた。法には勝てない。

さて、残るは投資ということになる。投資は、まさしくお金からお金を産み、資金効率は一番良いのではと考えた。投資においては、他人を介することなく運用が可能であり、一人でも大きな資金を運用することができる。これぞ自分に向いている最適なビジネスであると考え、これからの自分の人生のすべてを投資の世界に託する一大決心をした。

しかし、当時の投資の世界は、一般社会からはあまり良いイメージを持たれていないことは知っていた。その理由として、相場に失敗して新聞沙汰などになることも多く、日本においては、一般に認知されていないことは十分理解していた。結婚しようとしたとき、相場師には娘をやれないとも言われた。

しかし、男たるもの一度決心したことは後には引けない。どのようなビジネスであっても生きる道はあると考えるも、何事も簡単に成功することはできないことも十分理解していた。その道のりには多くの苦悩や困難が付きまとうことも覚悟していた。特に投資の世界では、成功者は少なく特殊な世界ではある。しかし、そのことがアウトローの男の心に火をつけた。

そして、強い意志を持って投資の世界に踏み出した。自分では、それなりに投資知識は理解したと自覚していた。当初は株価の変動に一喜一憂し、売り買いを楽しんでいた。しかし、その楽しさも長くは続かなかった。

投資の世界で生活しようと考えていたわけであるから、楽しんでばかりはいられないと、一挙に投資資金を増やした。しかし、「好事魔多し」と言われるように、予想もしないような暴落に見舞われてしまった。まさに青天の霹靂である。

その後、落ち込んだ気持ちを奮い立たせ、初心に戻って投資の勉学に励んだ。あらゆる書物を読み漁り再起の機会を伺った。これも性格からくるものだろうか、その勉強の期間中は、他の事は一切せずに集中した。他の事をしないというより、他の事は手に付かなかったと言ったほうが正しいであろう。お金も底をついてきた。

「投資には必勝法は必ずある」と考え、現在、必勝法なるものが確立していないのは、まだ発見されていないだけだと思い込んでいた。この一点に集中し、退路を断ってとにかく没頭した。この期間、周りの多くの人たちに心配や迷惑をかけてしまったようだ。後になって回想すると、この期間は自分が自分ではなく、まるで夢遊病者のように、あるときは修羅のようであったと記憶している。周りからは、おかしなやつ、怪しいやつなどと思われていたに違いない。

そして、リベンジの時期がきた。資金を工面し意気揚々として市場に参入していった。以前の失敗を教訓として、あらゆる角度からの勉強や研究を行った。絶対の自信はあった。しかし、世の中は甘くはなかった。投資の世界には魔物が住んでいた。再び返り討ちにあってしまった。この時ばかりは自分の選択した人生を恨んだ。自暴自棄になり、極度のストレス状態であった。放心状態で自分の人生もこれで終わったと感じた。

ストレスとは怖いもので、何らかの形で身体に出てくる。その男は一時、吐き気や頭痛、耳鳴りがして、ついには耳が聞こえなくなり、目も見えなくなってしまった。病院に行ったら、やはり原因はストレスであった。その後回復したが、若かったから耐えられたのだろう。

しかし今考えると、これらの体験から一般社会では学べない、経験できない、人間の本質を垣間見たような気がした。「犠牲を払わずして成し得るものはない。物事を成し得るには必ずその対価が必要である。リスクなくしてリターンなし」も学んだ。

そして、いかに人間は精神面で支えられているかを体験することになった。人間の愚かさ、弱さ、苦しみ、喜び、悲しみ、そして人生とは何たるかを学んだような気がした。人間の精神的な面がいかに人生を大きく左右するかを学んだ。

その後、長い時間が過ぎた。そして、男は忘れ去られていた・・・・。

初心貫徹、男は再び投資の世界に舞い戻ってきた。熱き魂は失われていなかった。しかも、最新鋭の強力な武器を携えて・・・。

男は、多くの苦悩を味わい、多くの犠牲を払いながらも這い上がってきた。夢をあきらめてはいなかった。相場の世界は人生の縮図のように思われた。相場の世界からは、一般の社会からは学べないような貴重な体験をした。人間的にひとまわり大きくなったのだろうか。

しかし、このドラマはこれで終わったわけではない。男の投資人生は今でも続いている。周囲からは冷たい視線を浴びながらも「投資には必勝法は必ずある」と今でも信じ、ひたすら夢に向かって苦悩し邁進している。

これらの体験を一言で語るとしたら、夢をあきらめなければ、苦労は必ず報われる(かも知れない)ということである。男は「人生に無駄はない」と信じ、これからも険しい修羅の道を歩んで行くものと思われます。



   ≪ 矛盾 ≫
2018/07/28(Sat)

投資家は常に現状に満足せず向上心を持って投資活動を行っています。その向上心がなくては、投資における収益アップにもつながらないでしょう。どの世界においても、これで満足、これで十分ということはないでしょう。人々は常に上を目指して頑張っています。

投資家達は、常に高い利回りを求めて日々努力しているものです。しかし、その高利回りにも限度があることを理解しておかなければなりません。その理由については、以前に解説いたしましたが、ハイリターンの裏には、それらと同等、あるいは、それ以上のリスクが内在しているものです。

よく宣伝文句に「年率○○%」などと、その利益率の高さを売り物にしているものも見受けられますが、これらを鵜呑みにする投資家はほとんどいないと思います。冷静な投資家であれば「そのような高い利益率なら自分でやれば」と考えるはずです。しかし、しかし・・・。

現状で大きく負けてしまい窮地に追い込まれた投資家は、これらの宣伝文句に、つい「ひょっとしたら」と誘い込まれてしまいます。ちょうど、振り込め詐欺で「自分は絶対に引っかからない」などと思っている人に限って引っかかってしまうようなものです。

これらも投資家が大きく負けて客観的な判断ができない状態と同じように「お宅の息子さんが・・・」と、突然言われたら一瞬パニックになってしまうでしょう。つまり「パニックになる」ということは、大きく負けている投資家においても、振り込め詐欺においても同様な心理状態になるのではないでしょうか。

つまり、常に客観的な状態でなければ正しい判断ができないと言うことです。これは、投資の世界だけでなく、日常生活や経済活動においても言えることです。ただ、これらは投資の世界では頻繁に起こるということだけです。

これらについて、投資家の皆さんも過去の売買において、心理的に追い込まれたときに、どのような判断を下したかを振り返ってみてください。恥ずかしい話ですが、私自身も過去において、そのような経験は何度もしています。悩みに悩んだ末に持ち株を全部投げたところが大底だったという・・・。

投資の世界は、一般のビジネスと異なり「欲」の部分がストレートに出ます。この「欲」は、時には善であり、時には悪でもあるのです。「悪」に取り付かれたら大変です。身を滅ぼすまであるのです。「欲に絡んで・・・」という話をよく聞きます。

私は常々申し上げています。投資の世界で難しいことは、今後の見通しや銘柄選択、売買テクニックなどではなく、本当は、投資家自身の「感情のコントロール」にあると・・・。しかしながら「欲」と「感情のコントロール」は相容れないものであり、投資のおいては、これらの矛盾が投資家を迷わしたり、苦しめたりするのです。

何事にもバランス感覚が必要です。投資の世界では、欲があって投資に参入するものの、欲が出すぎると負けてしまうという矛盾した世界なのです。投資家は、これらの矛盾をバランスを取りながら運用を続けていかなければなりません。

これらのバランス感覚も個人差があり、そのバランス感覚を研ぎすますには、どうしたらよいのだろうか。投資家には、資金量、性格、感性など、すべてに異なるため、一律に「こうすけば」と決め付けることはできないものです。これらを解決する方法はないものでしょうか。これらを解決する唯一の方法は・・・。

投資の世界は「欲」の世界です。パニックになれば最後には必ず負けます。そのような状況に追い込まれず、客観的な売買を実践するにはどうすれば良いのか・・・。これらの解決策については、当欄で何度も解説していますので、賢明な投資家の皆さんは、すでにご理解いただけていると思います。



『欲が絡めば見えるものも見えなくなる。入れ込みすぎは盲目となる。利得を前にしては道義を思え。』

『欲深き者は財により身を滅ぼし、策士は言葉により身を滅ぼす。権力を持つ者は、その権力により身を滅ぼす。足るを知るべし。「吾唯足知」。』



   ≪ 熟練者のリスク管理 ≫
2018/07/20(Fri)

2018/07/15 のコメントです。

暴落などで急落し、株価が低位株となってくると、そのボラティリティ(株価変動率)が高くなってくるのが一般的です。しかし、株価が安くなり値ごろ感があるので買いに入りたいなどと考えるのは初心者です。

たしかに、誰でも株価が安くなってくると割安感が出て買いやすくなるものですが、一般に、低位株はハイリスク・ハイリターン銘柄であることをご存知でしょうか。いまさら、その理由を説明するまでもありませんが、安易に株価が安いなどと飛びつくと、とんでもないしっぺ返しにあうことがあります。「安物買いの銭失い」とならないように十分注意していただきたい。

初心者は株価が急落すると、その評価損の大きさにパニックになり、多くの投資家は次のような行動をとります。

その1、その苦痛から逃れるため、すべての持ち株を投げてしまう。
その2、フリーズ状態になり、何もできずそのまま傍観する。結果的には塩漬けに。

これらは常日頃から危機管理ができていないことを意味しています。

暴落時に上記のいずれかに該当した場合には、残念ながら投資家としては、まだ初心者と言わざるを得ません。相場の世界には予測もできないことが、投資家が考えている以上に頻繁に起こります。そのため、常に危機管理は怠ってはいけません。大事なことです。

初心者の場合は常に上ばかりを見ていて、万が一の時の危機管理がほとんどできていないようですが、では、熟練者の場合は、これらの危機にどのように対処するのでしょうか。

熟練者のリスクに対する対応策は、急落時には、もちろん素早い損切りができます。さらに「つなぎ」を入れます。ヘッジとして先物などに売りつなぎを入れるなどの対応を行います。相場の急変に対応できる準備が常にできています。投資の世界で利益を上げるには、このリスク管理が勝敗を分けることになります。

しかし、熟練者であってもすべて相場の見通しが的確であるわけではありません。これからの相場の行方など誰にも分からないわけですから・・・。暴落と思って先物にヘッジを入れたにも係わらず戻ってしまったという空振りもあるわけです。投資の世界は「失敗の続くゲームである」とも言われています。

さらに、上級者やセミプロなどと言われている投資家のリスク管理はどのように行っているのでしょうか。上級者、セミプロなどの投資家であっも、その最大のリスク管理は「損切り」にあります。損切りができずに相場の世界で生き残ることはできません。

上級者、セミプロ、あるい専門家のリスク管理の方法は、上記の熟練者のように「急落時には・・・」ではなく、「常日頃から・・・」というリスク管理を行います。つまり、多少の相場の変化にも機敏に反応し、どのような相場展開においても、素早い損切りや常日頃からのヘッジ導入により、体制を維持して運用していくわけです。

具体的には、相場変動により売りと買いの両建てにしたり、その売り買いの資金量に変化をもたせ、さらには先物なども組み入れて、保険をかけながら継続した運用を行っています。これらにより、投資を「売買」から「運用」というステージにランクアップさせることができるのです。

どのような相場状況においても常にヘッジを導入し、臨戦態勢で挑み、市場がどのような方向に展開しようとも、継続的な運用を可能とする投資体制を維持します。このような投資手法が投資をビジネスと捉えている投資家の手法です。

「休むも相場」と言われますが、投資をビジネスと考えている投資家には休みはありません。投資は、その継続性があって初めて収益を上げることができるわけですから、休まずに運用する手法、そこには常に損切りやヘッジを取り入れた運用手法が不可欠です。

相場の急騰、急落でバタバタしているようでは継続的な運用はできません。リスクヘッジについては当欄で何度も解説していますが、「継続的運用」には絶対欠かすことのできないアイテムです。しっかりと理解し、実践においては、リスク管理を採用した運用を行っていただきたいと考えます。



   ≪ システム売買と自己判断 ≫
2018/07/14(Sat)

2018/07/08 のコメントです。

一般的に投資家は暴落にあい、持ち株が評価損となると、今後の反転を期待して頑張ります。さらに評価損が拡大してきても、自分にあれこれ言い訳しながら我慢強く耐え忍びます。

しかし、さらに損失が拡大すると冷静な判断能力は失われ、追証なども発生し我慢しきれず持ち株をすべて投げ出し損切りとなります。もう株式投資は、こりごりだなどと深く反省し、その後は、株式のニュースなど聞くこともなく時が経過します。

しかし「日経平均が急上昇」などとテレビのニュースが流れると、今まで眠っていた本能をピクリと刺激します。しかし、冷静さを取り戻しているので「もし、あそこで我慢して持ち続けていたら良かったのかなあ・・・」などと客観的な判断をします。

それなのに、投資金をどこからともなく集めてきて「もうこりごり」だったはずの市場に再度チャレンジするものです。私は長い間相場を見続けてきていますが、悲しいかな、いつもこれらの繰り返しです。

何の技術も持たず感情的な売買を続けると、このように「大底で投げ、天井で買い」という最悪の構図となってしまいます。これらは、いつの世にも変わらぬ光景です。投資の世界はなぜ進化しないのでしょうか・・・。

実際の運用を投資家から聞いてみますと、相場急落時に空売りの評価益があまりにも多くなったので早々に利食いしてしまった。その後は買いのタイミングを見失ってしまった。また、買い持ちの銘柄が大きく引かされてしまったので恐ろしくなって処分してしまった、まだ買いには入っていないなど。

投資とは、投資家の自由意志により売買するものですが、そこに投資家なりの投資哲学がなければならないと思います。何度も申し上げていますが、相場の世界は、一般社会と異なるところであり、人間の本能の部分までもかき回されてしまいます。

投資家は客観的な立場が取れなければ相場では勝つことができません。投資家は、大暴落やその後の上昇場面においても客観的、かつ冷静な立場で相場を見ることができる状態を作り出さなければなりません。

「客観的、かつ冷静な立場で・・・」のためにシステム売買をお奨めしています。その理由について、すでにご存知であると思います。しかし、実践すると、その実行に悩み、継続が困難であることも事実のようです。なぜでしょうか。

特にシステム売買においては、その本質を理解しないまま、儲かりそうだからと安易に参入し、損が続くとすぐにやめてしまいます。また、システムの指示が投資家の判断と異なるときなど、その売買を見送ってしまうなどの勝手な判断を下してしまいます。

なぜそのような行動を取るのか。システム売買の本質を理解していないと言ってしまえばそれまでですが、何事でも自分の確たるものにするには、それなりの苦悩や試練があるものです。

赤ん坊は時々熱を出します。はしかにもかかります。そのたびに母親は心配しながら看病します。子供はいくたびか熱を出しながらも成長していきます。それは大人になるための準備をしているのです。

システム売買にも、それなりの試練は付きまといます。それらを乗り越えて初めて自分のものにできるのです。

一度、システム売買の指示に忠実に従い、そして継続的に運用した場合と自己判断での運用を比較し、検証してみてはいかがでしょうか。



   ≪ リスク回避 ≫
2018/07/08(Sun)

2018/06/30 のコメントです。

投資にはリスクが付きものである。これは周知の通りですが、では、リスクを回避するにはどのような方法があり、また、どのように利用するべきなのでしょうか。

ご存知のように、投資における一番のリスク回避策は「損切り」です。「利は損切りにあり」「見切り千両」などと言われるように、損切りなしで長期間にわたり収益を上げることはまず不可能でしょう。投資初心者は、この損切りができず悩み続けています。

投資家は常に「どこかに良い投資手法はないものか」と探し回っているようですが、損切りができなければ、どのようなすばらしい投資法であっても収益を上げることはできませんし、投資家の資格などありません。損切りができて初めて投資家と言われるようになるのです。くどいようですが・・・。

投資において、損切りが一番重要であることは十分承知しているものの、大暴落に遭遇すれば、すべての保有株が損切りとなってしまうことになります。これでは、損切りの大切さは分かっていても金銭的、心理的なダメージは非常に大きなものとなり、投資に対する意欲も減退してしまうのではないでしょうか。

では、損切りをしつつも金銭的、心理的にあまりダメージを受けない方法はないものでしょうか。投資をビジネスと捉えた場合、やはり、そこに継続性が求められます。「継続なくして利益なし」「継続は力なり」と言われるように、継続して利益を積み上げるスタンスを取らなければなりません。

そこで登場するのが「ヘッジ」という考え方です。リスクヘッジというのが正しい言い方ですが「ヘッジする」という言い方でリスクヘッジすることを示します。

たとえば、株をたくさん保有している状況で、株式市場全体の下落が続きそうだと考えたとします。そのような場合、日経平均先物を売ったり、日経平均のプットオプションを買ったりすると、保有株が下落した際に、損失がある程度相殺することができます。

また、割高と思う株を売り、割安と思う株を買って、買い建て金額と売り立て金額を同程度にする戦略もリスクヘッジ型の投資法のひとつと言えます。

個人投資家がリスクヘッジをするといっても日経平均先物を売ったり、日経平均のプットオプションを買ったりすることは、知識や技術面において早急には難しいでしょうから、ヘッジというものを理解する基本的なところからスタートするのはいかがでしょうか。

ヘッジ売買の一番シンプルな手法は、やはり「サヤ取り」でしょう。サヤ取りとは、割高と判定した銘柄を売り、割安と判定した銘柄を買って、買い建て金額と売り建て金額を同程度にして運用する手法です。これらは、ペア・スプレッドやアービトラージなどと呼ばれています。

このような手法であれば、大きな利益は期待できないものの、堅実に利益を積み上げることができるでしょう。これらにより、相場変動に左右されず、継続的な運用が可能となります。まさしくビジネスとして最適な投資手法ではないでしょうか。

これらを更に発展させた手法にマーケット・ニュートラルと言う手法があります。この手法は、その名のとおり市場中立戦略です。割高と判定されるものを売り(ショート)と同時に割安と判定されるものを買い(ロング)、収益の機会を待ちます。多くの銘柄により構成された売り銘柄グループと買い銘柄グループに分け、ヘッジすることにより市場変動に左右されない多彩な売買が可能となります。

更に進化させた手法にマーケット・フォロー型の手法があります。基本的には、マーケット・ニュートラル手法と同じようにヘッジを行いながら売買するものですが、異なる点は、市場の変動を積極的に取り入れ、売り(ショート)と買い(ロング)の資金量を市場変動に合わせながら運用するものです。

以上のように、投資手法には裁定取引のように安全性の高い、リスクを回避しながら安定的な収益を上げていく、さまざまな手法があります。これらの手法は、たとえ投資資金量が大きくなっても、精神的なストレスをあまり受けずに運用できるという魅力もあるのです。

今後は、旧態然とした従来の当て屋的な売買から脱却し、大きなリスクを回避して、安定的に運用ができるリスクベッジを取り入れた投資手法をお勧めいたします。

◆リスクヘッジを取り入れた投資手法の詳細については、拙著「ロング・ショート 戦略、勝利の方程式」(日本実業出版社)に記載されています。



   ≪ 夢を抱いて ≫
2018/06/30(Sat)

2018/06/25 のコメントです。

皆さんは確定拠出年金法(日本版401k)についてご存知でしょうか。詳しく知らない方も多いかもしれませんが、最近、各方面で取り上げられているようです。

『日本において、2001年10月から施行された確定拠出年金法にもとづく確定拠出年金は、一般に日本版401kと通称されています。これらには「企業型」と「個人型」の2つがあります。「企業型」は、企業側が運用リスクを負わなくて済む反面、従業員に適切な投資教育を十分に行わなければならない。』とあります。

日本版401kは、企業の年金負担を減らし、従業員に「自己責任」で老後資金を形成させるということから始まったようです。「企業型」は、掛け金を企業が負担し、貯蓄、保険などの元本保証型商品と債券や株式などのリスク型商品を個人が、いずれかを選択し、運用成績に応じて将来受け取る年金額が変わってくるという仕組みです。

「企業型」日本版401は、導入企業が着実に増え、加入者は250万人を超えたそうです。しかし、その運用実態は、今回の金融危機あおりを受け、多くのリスク型商品が、ほとんどマイナス状態で大きなダメージを受けていると言われています。

ある利用者は、「増えるはずの401kが、増えるどころか逆に減っていたのだ。この先、目減りし続けて60歳を迎えなければならないのだろうか。どうしたらいいか分かりません」と言う。切実な問題でもある。

また、数年前に401Kが導入された企業のある従業員は「最初、全額日本企業のファンドを選択したが、現在は多くの損になっていて、半分だけ年金に変えた。ところが、その後も下がる一方、半分残した日本企業のファンドの状況は、いまや恐ろしくてサイトを開けてみる気持ちにもなれません。これが年金の正しい使い方かどうかと疑問に思う。自己責任の時代という自覚が必要なのかと痛感します。」と言う。

「企業型」日本版401のリスク型商品は「従業員に適切な投資教育を十分に行わなければならない」とあるが、それらは適切に行われているだろうか。現実的には、確定拠出年金の運用リスクを企業側が負えなくなっているという問題があるようだ。

ストレスの多い職場で、日々の仕事や人間関係に精いっぱいであり、そのうえ、お金の運用まではという人も多いだろう。ここで現実を直視し、正面からお金と向き合わなければ幸せな老後は送れないのだろうかと考える人も・・・。

今後は企業の負担を減らし、その負担と責任を従業員が負うというスタイルになってくるものと思われます。これらは企業と従業員との関係に距離が大きくなるのではと危惧するところです。

確定拠出年金に見られるように、今後は、国民一人一人が経済的に自立した社会を目指していくということだろうから、このような状況、時代背景を踏まえ、私達は「これからは国や社会に依存することなく、個々人が経済的に自立し、自己防衛をしていかなければならない」との覚悟が必要となってくるでしょう。

「個々人が経済的に自立し、自己防衛・・・」となれば、当然ながら金融知識も必要となってきます。それらの金融知識も高度なレベルが要求されてきます。この知識の度合いにより、将来に大きな格差が生じてくると思われます。

以前にもコメントしましたように、我々は、好むと好まざるにかかわらず、そこにある「時代背景」に大きく左右されます。ならば、その時代背景を味方に付け、知識を活かし、大いに荒波を乗り越えて行こうではありませんか。

「知識は財産」です。企業に勤め、それらから得られる収入には限度があります。しかし、知識を活かした収入は無限大の可能性もあります。投資家の皆さんも大いに知識を身につけ、将来に大きな夢を抱いて頑張りましょう。



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