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…知って得するページ…

   ≪ 作用・反作用 ≫
2014/12/19(Fri)

2014/08/16 のコメントです。

「世の中はいつも間違っている。世の中は、本来あるべき正しい姿から常に乖離しながら変化している。よって、現在の常識はいずれ非常識となる。常識は先入観」と私の語録にある。

これらの内容は、投資活動の中から生まれてきた文言です。株価の変動は基本的には、ファンダメンタルズをベースにして、そこに需給関係が加わり上下に変動すると考えます。上記の「正しい姿から常に乖離し」は、まさしくこのことを表現しているものです。

上記の文言にある「世の中は」は、「株式市場は」と置き換えて考えてください。株式市場における「正しい姿」とはファンダメンタルズであり、「常に乖離し」は、需給によりファンダメンタルズを軸にして上下に変動するという意味となります。このことが私が考える株式変動の基本です。

私は、株式投資における考え方も世の中を捉える考え方も同じではないかと思っています。株式投資の基本ベースをファンダメンタルズとすれば、株価はそのファンダメンタルズを軸として上下するわけですから、株価が本来の正しいとされるファンダメンタルズの位置に留まるのは、ファンダメンタルズと株価が交差する一瞬に過ぎないのです。

このことを世の中と対比して考えると、本来あるべき正しい世の中の姿は、正しいとされる世の中と現在の情勢が交差する一瞬に過ぎないのです。これが現実です。「本来あるべき正しい世の中の姿」とは何であるか、と判断するのは難しいものですが・・・。株価が需給で変化しますが、世の中は、その時々の人々の考え方や思想、時流、ブームなどの時代背景によって変化するものです。

つまり、株価も現在の世の中も「本来あるべき正しい姿」から常に乖離しながら変化しているものです。株価においても買われすぎれば、その訂正安が起こるものです。世の中においても、行き過ぎればその反動が必ず起こるものです。日本のバブル期を見ればよく分かります。

このように、世の中は「作用」「反作用」の原理で動くものです。「作用」「反作用」は調和(バランス)が取れるまで続くのです。バランスが取れたときが正しい株価であり、正しい世の中であると言えるのです。しかし、このバランスが取れたときとは一瞬でしかないのです。「作用」「反作用」は自然の摂理でもあるのです。

これらの現象を別の視点から見て極言すると、株価も世の中も、いつも間違っているということになりませんか。そして、この原理から言えば「現在の常識はいずれ非常識」となるのです。さめた目で客観的に見るとそのようなことにならないでしょうか。暴論かもしれませんが・・・。

世の中を「さめた目で客観的」に見ると「世の中は矛盾だらけ。人は矛盾の中で生きている」となるのです。しかし、それを愚痴っても批判しても始まりません。よく年配者に見られることですが「現在の世の中は間違っている。私の若い頃は・・・。」と言う。私から言わせていただければ「現在も過去も世の中はいつも間違っている。世の中はいつも矛盾だらけ」となります。

まわりくどい解説となってしまいましたが、要するに、株式投資の常識はいつも間違っているということです。間違っているから儲からないのです。現在常識とされる投資常識をいったんリセットして取り組むべきでしょう。

マスメディアの投資常識論など一切信用すべきではありません。投資の正しい基本(常識)は、投資家自身の投資体験の中から生まれてくるものですから、自分自身を信じて、良いときも悪いときもひたすら続けることです。

そこで一句。「自分の過去の体験から現在の社会を批判する。あたかも過去の自分の体験がすべて正しかったかのように・・・。それこそが現代社会から取り残されている証しである。」



   ≪ 自分で決められない ≫
2014/12/13(Sat)

2014/08/09 のコメントです。

東京市場は上昇トレンドに入るかと思われたのだが、週末にかけて急落となった。市場関係者はその原因をあれこれ言っているようです。

ウクライナ情勢の緊迫化を背景とした欧米株安を受けて、主力株を中心に軟調な展開となっているところに、オバマ米大統領の記者会見において、イラクへの限定的な空爆を承認したと伝わり、地政学リスクの高まりから換金売りが膨らむらみ、東京市場は急落したと言う。

しかし、こんなことで株安を説明するのは早計だろう。なぜなら、地政学リスクは今始まったものではないし、現在の事態は延長線として十分想定でき、本来マーケットに織り込まれているはずだからである。したがって、地政学リスク云々と言うだけなら、株も為替も特に反応しなかったはずだ。

一方で、ニューヨーク株式市場は、アメリカ軍がイラク北部で空爆を行ったことを受けて、アメリカの政治的な姿勢が明確になったなどとして株を買う動きが広がり、ダウ平均株価は大幅に値上がりした。

以上のように、相場における材料はなんであれ、解釈は相場次第と言える。同じ材料でも、蒸し返されるとまったく違った相場がみられるのは、その本当の原因が材料自体にあるのではなく、マーケット自体の構造や投資家の心理にあるからである。いつものことながら後講釈であれば何とでも説明できる。やはり、情報や材料には振り回されないことが肝心です。

投資判断は、あくまで投資家一人ひとりが自分で決めるものです。「投資クラブ」のような形で投資家が集まって勉強会を開いたり、自分の体験を語り合ったりするのもよいのですが、最終的には自己責任、自己判断です。ところが実際には多くの投資家が、自らの資産をかけた大事な判断を人に頼ってしまうのはなぜでしょうか。

株がかなり値上がりしてきたため、そろそろ売却して利益確定したいと考える。そして取引している証券会社や株仲間に連絡して「だいぶ上がってきたからねえ。君はどう思う?」と意見を求めます。最終的に売るかどうかの判断はご本人次第なのですが、証券会社や株仲間の意見も一応聞いておきたいという心理がはたらく。

証券マンは手数料の関係で「そうですね。そろそろ売り時かもしれませんね」と言う。株仲間には同じ銘柄を持っている人がいないので「儲かっているなら売っちゃえば」と言う。どういうわけかほかの投資家の動向を非常に気にするのです。

しかしながら、本人は「まだまだいけるのでは」と心の中で葛藤する。散々悩んだ挙句、再び証券会社に電話する。「どうかね」と。証券マンが「やはり高値になったため売ってはどうですか」と言う。本人は「手数料稼ぎをしようと思ってるんだろう。その手には乗らんぞ」などと考える。

すると証券マンは「分かりました。このまま持続と言うことですね。この銘柄を持っているお客さんからかなり売り注文が入ってきたので、そろそろ売り時かと思っていましたが・・・」と。

すると「えっ、みんな売っているのか?。どうしてそれを先に言わないんだ。まったく。私の持ち株もすぐに売ってくれ・・・。」

集団心理と言うか群集心理と言うか、そこに自分の投資戦略、投資判断など一切ありません。結局は、負け組みという烏合の衆に成り下がってしまうのです。自分で判断できるだけの情報を持っていない場合に、ほかの人と同じ行動をすることによって安心することになります。安心することと儲けることとは次元の異なるものであることは理解していると思うのですが・・・。

確かに、不安になれば誰かに意見を求めたくもなります。投資という不確実な選択をしなければならない人間心理としてある程度やむを得ないでしょう。

投資判断というのは儲けや損失を左右する極めて重要なものです。ほかの人がどう動いているかという判断も重要ではありますが、あまり外部の意見などには振り回されない方が賢明でしょう。



   ≪ 相場の鉄則 ≫
2014/12/08(Mon)

2014/08/02 のコメントです。

私は日ごろから相場で一番難しいことは、銘柄の選び方でもなく相場の見通しでもなく、それは投資家の感情のコントロールであると解説しています。投資家であれば株価の変動に感情が揺さぶられ一喜一憂します。まさしく、相場は「歓喜と絶望のゲーム」であると言われる所以です。

投資の世界に「大きく儲けてやろう」と意気込んで入場するも、当初考えているような甘い世界ではないことにすぐに気づきます。初心者が投資の世界に入り退場していくまでの期間は、おおむね4年から5年と言われています。

相場の世界を甘く見ているからだと言われればその通りなのですが、私は投資で成功するには、投資技術より、投資家の心構えや投資の本質を理解することが先ではないかと考えます。

ここで「投資とは何ぞや」について考えてみたいと思います。投資の基本中の基本の解説ですが、あらためて投資の原点に立ち返って考えて見ましょう。

『相場に正解は無い、常に謙虚になれ』
いつも申し上げていることですが、相場の世界には答えがありません。相場の世界は常に迷いの世界でもあるのです。であるから、たまに大儲けしたとしても有頂天にならず謙虚になることです。「勝って兜の緒を締めよ」

『経済学は通用しない、常識のない世界である』
経済学の理論が通用するならば経済学者は皆お金持ちです。投資では学校で学んだ経済学など通用しません。相場は経済学とは別次元のものなのです。投資とは、安いところで買って高いところで売るという常識は誰でも知っています。もし、この常識が通用するなら投資家は誰もお金持ちになれます。

『大敗したトレードの原因は自分の中にある』
投資とは投資家の体験の中にあるものです。成功体験、失敗体験は投資家それぞれ異なります。それぞれの体験の中に学ぶものがあり、それらが投資家の投資スタイルを形成していくのです。

『相場の世界で正しいのは価格だけである』
投資評論家の話など聞く必要はない。評論家はもっともらしい理論を振りかざして、解説するが当たりはしない。無責任極まりない。「相場に経済学(理論)は通用しない」である。常に株価は正しい。信用できるのは株価だけである。

『長い航海の途中に嵐に遭うのは必然的である』
相場にはクラッシュはつきものである。順調に稼いで利益を積み上げてきても一度の暴落ですべてを失うこともある。初心者は万が一の暴落に対しての備えがない。やはり、リスクの多い投資の世界にはヘッジは不可欠です。

『相場の世界に近道なし、本質は単純なもの』
何の世界にもビギナーズラックはあるものです。たまたま上昇相場に乗って稼いでも、追い風もいずれ逆風となるものです。慢心は山の頂です。投資とは売りと買いだけです。あまり難しく考えることはありません。シンブル・イズ・ベストです。

『負けは素直に認め、期待はするな』
投資の世界は負けの続くゲームであると言われています。負けは素直に受け止める必要があります。負けが認められず「もう少し、もう少し」と頑張っているようでは投資家失格です。

『最終的な勝者は全体の3%』
投資の世界は理論も通用しない、常識も通用しない世界であるため、最終的な勝者は一握りの投資家だけである。この現実を理解し取り組まなければなりません。

『勝者は夢をみない、勝者は常に孤独である』
投資とは人を介さない孤独なビジネスです。ひとりで考え悩むと、その答えは必ず曲がると言われています。孤独に耐え、現実を直視して、感情を抑えてひたすら売買を繰り返しすことに耐えられる者が最後の勝者となれるのです。

以上のように、投資の鉄則は誰でも知っていることです。これらができるかできないかではなく、やるかやらないかです。



   ≪ ひたすら続けることである ≫
2014/12/01(Mon)

2014/07/25 のコメントです。

長く投資活動を行っていると、投資家にとって適した相場環境とならない場合があります。たとえば、行ったり来たりの往来相場であったり、急騰急落の相場であったりでは、その判断に苦慮し収益もままならないものです。

相場が悪い時というのは、相場が良かった時の手法を使用しても利益が出せないことが多かったりします。そこで、そのような環境下では「休むも相場」との相場格言を思い出し、一時的にでも休みたい気分になります。

適した環境でない相場変動などの時は慎重に取引をする必要があるのですが、常に申し上げていますように、相場環境が悪いといっても全面撤退はあまりお勧めできません。

確かに、相場環境には勝ちやすい相場と勝ちにくい相場があるのも事実です。当然のことながら、勝ちにくい相場の時はあまり手を出すべきではありません。やけどをしないために休みをとることも選択肢のひとつとなります。しかし、そうなってくると相場が良い時と悪い時の見極めが必要になってきます。

これらの見極めは「日々の出来高が少なくなってきている」「直近に非常に大きな下げがある」「それまで強い動きをしていた個別銘柄の動きが一気に鈍くなる」「金融株の動きが鈍くなる」などと相場環境を解説している文献もあるようですが、相場が良い時と悪い時の見極めは、相場の見通しを予測するのと同じように後になってからでないと結局のところ分からないものです。

私は、このようなことから、手が合わないときは投資資金を減らすことは良いと思いますが、全面撤退はあまりお勧めできません。

相場環境が悪くなってくると「様子を見よう」「様子を見てから」という言葉をよく使います。これらの言葉は投資判断として適正と思われがちですが、私は間違っていると思っています。

「様子を見よう」「様子を見てから」は、判断、決断ができない状態でもあるのです。判断、決断から逃げていることでもあるのです。投資においては「適切な判断」が要求されるところですが、「様子見」は、その判断を先送りしているだけなのです。つまり、優柔不断であるということです。投資において、優柔不断では儲かりません。

私の「迷言集」に『逃げては何も残らない。逃げてもまた元のところに戻るだけ。今逃げたら、明日はもっと大きな勇気が必要となる。逃げずに困難に立ち向かえ』とあります。これは私が相場体験の中から自戒を込めて出てきた言葉です。

「休むも相場」を別な角度から見てみると、収益が上がらないから休んで様子を見ようということではないか。ここでの休む根拠は「収益が上がらない」が理由となりますが、収益の上がらないのは相場の問題だけでしょうか。投資家自身に問題はないのだろうかと考えたことがあるだろうか。

結局、堂々巡りで結論の出ないところですが、つまりのところ分からないということなのか。そうなのです。相場は分からないのです。だから、成績が上がらないときも、その原因が相場にあるのか投資家自身にあるのか明確ではないのですから、成績が悪くても少しずつでも続けることが肝要なのではないでしょうか。

続けることによって分かってくることもあるだろうし、経験も積み上がってくるものでしょう。それが「力」となってくるのです。

「迷言集」から・・・、『「力」とは繰り返しの結果である。目標と信念と情熱を持って、良いときも悪いときも、ひたすら続けることである。』



   ≪ メンタル面の強靭化 ≫
2014/11/22(Sat)

2014/07/20 のコメントです。

株式投資の手法はさまざまであると思いますが、その基本は「相場観測」「銘柄選択」「売買テクニック」にあると考えます。まず、相場全体の方向性を判定する相場観測。これが的確にできれば株式投資で成功したも同然である。

しかし、この相場観測は永遠に答えの出ない、または、答えのないテーマでもある。相場観測を制する者が勝者になれることは間違いないのだが・・・。

次に、銘柄選択であるが、銘柄選択には企業のファンダメンタルズは欠かせない。ただ、企業分析においても、我々がそれらの正確な情報を得られるかは疑問である。

売買テクニックにおいては、テクニカル分析における重要な要素となります。特に、短期売買では、さらにその精度を上げなければなりません。デイトレードにおいては、この売買テクニックだけと言っても過言ではないだろう。

しかし、しかしである。投資において、これらをすべてマスターすれば勝てると言うものでもありません。投資とは、他のビジネスのように物を扱うわけでもなく、また、取引先との駆け引きを行うわけでもありません。ひたすらバーチャルな空間での自分との戦いです。

つまり、損得を賭けた自分の感情との戦いでもあるのです。感情が大きく揺さぶられ、あるときは歓喜し、また、あるときは絶望に打ちひしがれ、すべてを投げ出したくなるときもあります。

このようなことから、投資の世界は技術的な問題だけではなく、投資家自身のストレスなどのメンタル面における投資の適正、不適正が問われることになります。

そこで、投資の適正、不適正、および、その克服方法について考えて見ましょう。心が折れやすい人と逆境に強い人の思考習慣の違いについて、あるデータに基づいて考えて見ます。

心が折れやすい人の思考習慣は次のような特徴が共通して見られるようです。

1)いつも誰かと比較して自分の欠点ばかり見ている。
2)相手の嫌な面ばかり見て、相手が全て悪いんだと思い込んでいる。
3)漠然とした不安や心配を堂々巡りさせている。
4)視野が狭くいろいろな視点から物事を見つめられない。
5)物事を先延ばしにして、行動できない。
6)自分ではどうしようもない環境にばかり愚痴をいっている。
7)完璧にやろうとしすぎて疲弊する。
8)過去の失敗にずっとクヨクヨしている。

このような思考をする人は、多くの逆境に直面した時にストレスを強く感じます。

一方、逆境に強い人の思考習慣とはどんなものでしょうか。

1)長所も短所も含めて等身大の自分を受け入れることで適切な自信を持っている。
2)人間関係において相手を変えようとするのではなく、自分の見方を変えることで感情のわだかまりを解消できる。
3)不安や恐怖に直面したときに、曖昧さを排除し具体化することで解決策を考えることができる。
4)自分の立場から離れ、多くの視点(過去・未来・相手・第三者)から考えることで常に冷静さを保つことができる。
5)変えられないことではなく自分ができることに焦点を絞り行動することができる。
6)置かれた環境や辛い状況など自分では変えられないことを受け入れることができる。
7)0点か100点かの極端な思考から抜け出し、複数の基準を設定することで柔軟に考えることができる。
8)過去の出来事、未来への挑戦に意味や感謝を見出すことでモチベーションを高めることができる。
9)過去の後悔や未来の不安をいったん脇に置いて、今この一瞬に集中することができる。

以上の内容を参考にして、投資家自身が自己分析した上でメンタル面の強靭化を図るべきと考えます。



   ≪ 株式市場の個人投資家 ≫
2014/11/13(Thu)

2014/07/12 のコメントです。
 
最近の日経平均の安値は14000円前後で、高値は15000円前後である。現在は、その高値である上値抵抗線を抜けないでいる。いずれにしても、この抵抗線を抜けて初めて上昇トレンドに入ると思いますが、いかがなりますでしょうか。

それはそれとして、我々個人投資家は、株価変動がボックス圏内に留まっていてはなかなか収益の機会に恵まれない。私もこのような状態では、システム売買を実践するも、いろいろと考えてしまうものです。

ボックス圏内でも収益が上がり、さらにトレンドが発生したときにも、さらに収益が上がる方法はないものかなどと考えを巡らします。投資家の皆さんも同じような考えになるのではないでしょうか。

ボックス圏内で収益を上げるには「逆張り」が最適ですが、ボックス圏がいつ終わるかもしれないため逆張りを躊躇する投資家もいることでしょう。ボックス圏から抜け出しトレンドが発生した場合は「順張り」が適していることは言うまでもありません。

相場について、あれこれ考えているうちに少しずつ投資金が目減りしていく。そして、ひとり、またひとりと市場から退場していく。トレンドが発生しない、往来相場ではこのような現象が起きてきます。これらを表したニュースがありましたので紹介いたします。

『東京証券取引所などが19日発表した2013年度の株式分布状況調査によると、個人の日本株の保有比率(金額ベース)が07年度以来、6年ぶりに2割を下回った。個人の保有比率は3月末時点で18.7%と07年度以来の低水準になった。低下幅は1986年度以来、27年ぶりの大きさだ。個人株主数(延べ人数)も4575万人と2年ぶりに減った。減少幅は21万人と、同じ基準で比較できる85年度以降では最大だった。マーケットでは個人投資家の存在が薄くなっているのだ。
 
気がつけば、5月19日の安値から1300円超高い水準にいる。1月には少額投資非課税制度(NISA)がスタートしており、個人投資家の資金がマーケットに大量に流入していてもよさそうなものだが、蓋を開けてみれば個人はシェアを落としている。株高にもかかわらず、マーケットから個人投資家の姿が消えた。』

以上のように、季節はこれから夏に向かおうとしているのに、個人投資家市場は寒いかぎりである。

株式市場は、個人投資家不在の市場となってしまったようだが、これらの原因はどこにあるのだろうか。私なりに考えてみた。

株式市場に個人投資家が少なくなっていると同時に、個人投資家が増えている市場がある。それは、すでにご存知のようにFX市場である。書店に行ってみればよく分かる。株式投資の書籍は隅の方に追いやられ、FXの書籍が幅をきかせている。

投資市場は形は変わっても、株式でもFXでも、その基本は同じではないだろうか。株式投資で上手くいかないからといってFXに乗り換えても変わりはない。株式投資で損をする投資家はFXでも損をする。ひとつの市場で上手くいかないならば、どこの市場へ行っても同じことだ。

株式からFXに乗り換えた要因のひとつとして、株式投資で上手くいかず、投資資金が減ってしまったため、やむを得ず小資金でレバレッジの効くFXに乗り換えたなどであろうか。また「小資金で大儲け」などのマスメディアの宣伝に煽られて、FXにはまってしまったなども多いようだ。

また、株式市場の個人投資家減少の要因として次の問題を提起しているところもある。それは『個人は株価が下がり割安感が出たところで「押し目買い」を好むのに対し、ヘッジファンドは相場に追随する「トレンドフォロー」と呼ばれるタイプや、新高値を付けると買い、節目を突破するとさらに勢いづかせる「ブレイクアウト」型戦略など流れを加速する投資手法も多い。こうした投資手法の違いも個人投資家不在のままで株価が上昇している一因になっている。』としている。

現在の株式市場は、個人や金融機関など国内勢が手放した株を、海外マネーが吸収する構図が鮮明になっているという。何しろ今の個人投資家には投資余力がある。特段の上昇要因もなく上昇する株式相場を横目に、参入する機会を虎視眈々と見計らっている。この勝負を制するのは上昇相場を勢いづかせている海外勢か、それとも値下がりを待っている個人投資家か・・・。との解説もある。

いずれにしても、個人投資家参入が市場を活性化させ、収益のチャンスを広げるためには、投資の正しい知識の修得と投資技術の向上、そして、良いときも悪いときも、ひたすら続けることにあるのではないだろうか。



   ≪ 投資の一貫性 ≫
2014/11/07(Fri)

2014/07/05 のコメントです。

投資の手法であるファンダメンタルズ分析とテクニカル分析の優劣については、当欄でも何度も解説しました。結論的には、長期投資はファンダメンタルズ分析で、短期売買は、テクニカル分析でということが一般的な考え方であろう。

私は「どのような投資手法でも良い」という考え方である。投資家の性格や投資資金量などによって、自分に合った手法で運用すべきであるというスタンスをとっています。

投資家として著名なジム・ロジャースとジョージ・ソロスは、今日最も成功したウォール・ストリートのファンドであるクォンタム・ファンドを運用する中核の2人である。

ある投資家がジム・ロジャースにテクニカル手法のチャートの読みに関して意見を求めたとき、彼は「私は金持ちのテクニカル派にはお目にかかったことがない。もちろんチャートのサービスを売って金儲けをしている奴らを除いてね。」と答えたと言う。

また、著名なテクニカル派であるマーティー・シュワルツの意見はロジャースとは対極にある。マーティー・シュワルツは「過去10年間、彼は平均で25%の利回りを達成していた。ひと月にである。それと同じくらい印象的なのは、120ヶ月で、彼は2ヶ月しか損失を出していないのである。

マーティー・シュワルツは、ジム・ロジャースとは全く正反対のようである。彼は「そのとおり。私は金持ちのテクニカル派にお目にかかったことがないと言う人をみるとおかしくて仕方がないね。でも、私はそんなことをいう人が好きなんだ。」と答えている。マーティー・シュワルツは、「私はファンダメンタルズを9年間もやって、そしてテクニカル派として金持ちになったのだから」と言っている。

投資家は、それぞれの価値観に基づいて投資活動を行っているので、私は、他人の投資手法を云々することはナンセンスのような気がしてならない。

投資とは、その手法の優劣だけを考えるのではなく、まず、そこに一貫性をもたせることが重要ではないかと思います。ファンダメンタルズ分析でもテクニカル分析でも、順張りでも逆張りでもかまいません。手法に一貫性を持つことが成功への近道と考えます。

たとえば、初心者が考える「10%損切り」を例に挙げてみると、最初は順調に損切りをこなしていたが、ある日突然急落となり、持ち株全部を損切りしなければならない状態が発生します。

初心者は恐怖におののいて、当初の「10%損切り」ができなくなります。当然、損切りができず、そのまま放置してしまうことになります。そこに投資の一貫性が途切れてしまうことになります。

ここで「10%損切り」が正しいか間違っているかは別として、ある程度いけると判断した手法で実践しても、どこかで躓くことはあります。その原因は、たまたま相場の変動に合っていなかったのか、はたまた、その手法自体が間違いだったのか分かりません。結局は分からないのです。なぜなら、投資手法に絶対はないのです
から・・・。

そこで提案ですが、ある手法でチャレンジしようと考えたとき、投資家自身の運用ルールを決めて置くことです。たとえば「この手法で半年は続けてみよう」または「損切りが○回までは続けてみよう」などと、ある程度のルールを決めてスタートすることです。つまり、リスクの限度を決めてから実践に入ることです。

新しいチャレンジをしたら、その運用ルールが満たされるまで続けることです。事前に投資家自身でリスクの限度を決めているので、あまりプレッシャーを受けずに運用ができると思います。しかし、リスクを限定した、その運用ルールさえ守れないようでは、投資家たる資格はありません。市場から退場すべきです。

新しいチャレンジにおいて、その運用ルールが満たされた時点で、運用中の問題点などを整理して、さらに続けるか止めるかを判断すればよいのです。その運用ルールが満たされるまで続けることにより、そこに投資の一貫性が生まれてくるのです。

「損をしたから止める、儲かったから続ける」というような考えでは、そこから得られる投資ノウハウの蓄積にはならないのです。ある程度の期間を続ける、または、ある一定の条件が満たされるまで続ける、などのルールを設定することにより、投資に一貫性が生まれことになるのです。

投資の一貫性は、ある意味ではシステム売買であり、これらにより成功への一歩となるのではないでしょうか



   ≪ FXブラック業者 ≫
2014/11/01(Sat)

2014/06/28 のコメントです。

ブラジル・ワールドカップ、サムライジャパンは惜しくも敗退してしまいました。選手たちも一生懸命頑張ったと思います。勝負には勝つときもあれば負けるときもあります。投資の世界だって同じようなものです。日本代表という重荷を背負って戦った選手たちには、心からお疲れ様と言ってあげたい。

さて、今回のW杯で日本人サポーターのマナーがブラジルのみならず世界中で話題になっています。日本は試合で負けたが「観客席でチャンピオンになった」といった声が上がっています。 

サムライブルーのゴミ袋を持参し、それを膨らませて振り上げながら、必死に声援を送る日本人サポーター。デイリー・ニュースによると、コートジボワールとの初戦に惜しくも1対2で敗れたあとも、ギリシアとの試合が引き分けに終わったあとも、自分たちが出したゴミを、応援に使用した袋に集めて帰って行ったのです。

我々日本人は、小さい頃から家庭でも学校でも、自分が出したゴミは自分で片付けて、自分が使用する空間は自分で綺麗に掃除をするという習慣がついている日本人。私達からすると当然のことのようにも思えることも、世界から見るとその日本人の美意識は賛辞に値するようです。日本人は礼儀正しいことで知られていますが、綺麗好きな面でも世界有数です。

前回コメントしました「すばらしい国、日本」の一面を見たような気がします。日本人の民度、素養の高さ、教育水準の高さ、礼儀正しさは世界が賞賛しています。我々はもっと自信を持つべきです。

さて、株式市場は現在、ボックス圏の上限に位置しています。安値14000円の10%高の15400円台を抜けるか、また戻されてしまうか難しいところにきています。しかし、システムトレーダーとしては行く末を案ずることなく、システムやヘッジ比率に従って売買するだけです。

今回の株式市場は、昨年末に上昇トレンドに入るかと思われましたが、再度ボックス圏に戻されてしまいました。昨年末の一時的な上昇を除けば、もちあい期間は実に1年近くに及びます。

1年にも及ぶもちあいは、投資家泣かせの相場展開であったと言えます。よって、成績もいまひとつではないかと思います。これだけ株式市場が膠着状態では、投資家は、ひとまず他の投資先に振り向けたくもなります。

そこで、手軽なFXにチャレンジしてみようかなどと考えます。しかし、FXの取引においては、株式取引の証券会社と同じように考えていては大変なことになる場合があります。つまり、FXブラック業者の存在です。

2005年7月に金融先物取引法が改正されるまで、FXはこれといった規制がなく野放し状態でした。一方で、顧客層はどんどん広がっていましたから、ブラック業者がほっておくはずがありません。その多くが海外先物から流れてきたグループだったようですが、金融先物取引法の施行前は、残された期間で一儲けとばかりに、相当数のブラック業者が参入していたようです。

彼らの手口の基本は、消費者をあの手この手でその気にさせるところから始まります。実際に行われていた悪質な手法をご紹介しましょう。

まず、何かの名簿を使って業者が消費者に電話をかけます。学校の後輩だとか言って、親近感を持たせるのもよく使われる手口です。相手が話しに応じると、FXについて簡単な紹介を行いますが、しつこく勧誘せず、さらっと引き下がります。ただ、会社名だけはしっかり印象づけます。行儀作法が良いので、消費者は悪い業者じゃなさそうだとの印象を持たせます。

後日、アンケートに協力いただきたいなどと取り込みに入ります。アンケートは適当に切り上げて話しを終え好印象を与えます。そしてさらに後日、頃合いを見計らってブラック業者の社員が仕上げ作業に入っていくわけです。

他にも一人暮らしをする高齢者の孤独感に付け込んだり、セミナー形式の密室商法をやったり、いろいろな手を使って契約へ持っていきます。契約後に入金し売買を始めます。

売買後に問題が発生します。まず、出金拒否。お金を返して欲しいと連絡しても、なんだかんだ理由をつけて出金しない。そして、証拠金を吸い上げるだけ吸い上げて、計画的に倒産というのが彼らの典型的な手口なんです。

最近は新手の手口が見られるようです。高額なFX自動売買ツールを購入した場合などです。販売会社は、年利30%を確約し過去3年間でマイナス月はないなどと説明、そして、まもなく販売を締め切るなどとあおり契約させます。しかし、自動売買システムを購入したとたん、販売会社とは連絡が取れなくなってしまいます。

また、FX自動売買システムでの取引は海外の業者との取引システムとなっている場合があります。最近、このような海外の業者との取引において、解約、出金できない、連絡が取れないなどの事例が多発しているようです。

相談事例として、
インターネットの広告を見つけ、業者に資料を請求した。その後、業者から電話がきて「海外の業者がシステム開発したFX自動売買ソフトを限定500人に販売している。月15%ずつ増えていく」と説明されて契約した。

ソフト代約3万円を支払い、業者の指示で海外の業者の海外にある口座に約50万円を入金した。パソコンにソフトを入れると海外の業者のホームページに自分のページができ、売買画面が出てきた。順調に利益が出ていると、「上のランクのソフトがある」と言われて、さらにソフト代約5万円を支払い、口座に約300万円を入金した。

その後、ソフトを販売した国内の業者に、元金と同額の出金を依頼したが、「取引をすべて終了しなければ出金できない」と言われた。業者は「我々はソフトの販売会社であり、海外の業者に仲介しているだけ」と言っている。

売買ソフト上では儲かっているように見えても実際は売買されていない可能性もあります。注意が必要です。

FXブラック業者が倒産してしまうと、顧客は一般債権者となるわけですが、回収できる見込みはありません。倒産自体は罪になりませんから、詐欺罪を立件する必要がありますが、そこまでやっても取り戻せる確率はほとんどゼロに近いものです。

金融先物取引法が施行された平成17年7月からその年の暮までに、金融庁から債務超過を理由に業務停止命令を受けた業者は50社もあります。

おいしい話は向こうからは絶対やってきません。新しくチャレンジするのであれば、しっかりと勉強し、納得してからスタートすべきです。


格言
『欲しい物があったら必ず自分で取りに行け。外部のささやき、甘言はすべて拒否せよ。外部のすすめで失敗すると「恨み」だけが残る。』



   ≪ 長期投資と分散投資 ≫
2014/10/26(Sun)

2014/06/21 のコメントです。

投資手法に絶対はないものの「長期投資はリスクを抑える」という考えの下に、長期投資は安全であるという神話がある。果たしてそうであろうか。これは間違ってはいないのですが、全面的に正しいわけでもありません。

投資、特に株式はただじっと長く持ってさえいれば儲かると勘違いしてしまうと、痛い目にあう可能性があるのです。長期投資は損する可能性が低いなどと考えるのは明らかに間違いではないでしょうか。長期投資ではむしろ損をする可能性も高くなります。

保有期間が長くなればなるほど、投資先の破綻など想定外のことが起きる確率も高まると考えるのが自然です。サプライズは何にでもつきものです。つまり株式などを長期間保有するのは、それだけ長きにわたってお金をリスクにさらしているとも考えられます。

長期投資家の言い分としては、株価変動を10年、20年といった長いスパンでとらえると平均値に近い範囲で動くため、特定の短い期間だけで儲けを狙うよりは、長期の方が山あり谷ありを繰り返すなかで、一定水準の成果を見込めるという考え方でしょう。

「世の中、一寸先は闇」という諺があるように、長く投資していればバブル崩壊やリーマン・ショックのような相場急落に直面することもある。現状では、経済や市場は危機を乗り越え成長していくものであると考える投資家も多いようですが、しかし反面、必ず成長する保証はなく、停滞や右肩下がりが長引くこともあります。

「失われた20年」と言われたバブル崩壊後の東京市場は、かなり長期にわたる低迷を強いられたことは記憶に新しい。

長期的なチャートを見ると、市場には大きなトレンドがあることが分かります。それはアップトレンドとダウントレンドです。もし、偶然にもアップトレンドに遭遇すれば投資家の実力に関係なく収益を上げることができます。

過去の実績をベースに期待リターンという考え方があります。今後期待できるリターンがプラスである場合とマイナスの場合があります。

当然ながら期待リターンがプラスなら長期保有の効果はありますが、期待リターンがマイナスだと長期で持てば持つほど損失は大きくなります。そのような状況下で、気付いたときには大きなダメージになりかねません。結果として長期投資によって損失の金額自体は大きくなります。

「株は長く持ってさえいれば儲かる」というのは、1990年代までの日本の経済や株式市場がプラスの期待リターンだったところから生まれた先入観にすぎません。これは過去の経験則であり、唯一の体験を後生大事にしてしまうという人間の心理でもあるのです。

そしてやっかいなことに、人はそのトラウマからなかなか抜け出すことができなことにあります。長期投資は儲からないのでは?、という疑問も、バブル崩壊から20年を経てようやく出始めたくらいなのです。またプラスの期待リターンのマーケットで運用したとしても、それはあくまで過去のデータに基づいているだけであって、実際にこの先プラスになるのかは分からないのです。

では、長期投資はダメなのかとがっかりしてしまったかもしれませんが、有効な方法がないわけではありません。当欄でも何度も解説していますように、それは分散投資と組み合わせることです。

たとえば国内株式だけの長期運用だと、この20年間では大幅なマイナスになっています。たとえば、国内株式と国内債券、外国株式、外国債券に均等に分けて投資していた場合は、結果論ではありますが、資産を大きく増やすことができているのです。

これから長期投資をしようと考えている方や、単に長く持っていれば大丈夫だと思って、すでに株などを保有している方は、まず長期投資は決して万能ではないことを理解する必要があります。

そして投資する資産を分散し、リスクとリターンのバランスをとって初めて長期投資のメリットが生かせることを理解し運用すれば、目先の相場に振り回されない資産づくりが可能になるでしょう。



   ≪ すばらしい国、日本 ≫
2014/10/13(Mon)

2014/06/13 のコメントです。

いよいよ待ちに待ったワールドカップ・ブラジル大会が始まりました。私は普段はテレビは見ませんが、スポーツ番組だけはよく見ます。特にサッカーは大好きで欠かさず見ています。サッカーに限らず、スポーツの世界大会などでは、どうしても「日本」を意識してしまう。そう感じるのは私だけでしょうか。

ブラジル大会の出場国は32カ国ですが、今回出場の日本代表はFIFAランキングで47位だそうです。日本は毎大会出場しているのに47位とは・・・。30位以内に入っていてもおかしくはないと思うのですが・・・。日本代表には大いに頑張って頂きたい。みなさん応援しましょう。

ところで、私は今回の開催国であるブラジルはサッカー王国と思っていました。ブラジル国民すべてが今回のブラジル大会を応援していると思っていました。しかし、ニュースなどによると、ワールドカップで盛り上がるブラジルで、W杯に反対するデモが行われているという。活動は日に日に大きくなり、一部は暴徒化しているという。

なぜサッカー王国でW杯への反対が起きているのだろうか?。デモ隊の要求は地域によって多少異なるが、おおむね、公共交通機関の値上げ反対とサービスの向上、教育システムの改善、医療サービスの向上などであり、同時に長年の財界の癒着の解消と汚職根絶も求めているそうです。要は、貧困層が苦しんでいるのに、W杯へ莫大な公的資金を使うなと怒っているようです。

つまり、ここに格差社会の問題が潜在しているのです。このようなことは、ブラジルだけの問題ではないのです。深刻な不況からなかなか立ち直れないアメリカでも富裕層と貧困層の格差が史上最大に広がっているという。自由主義、資本主義国家であるアメリカのいわゆる「1%」の金持ちと、残りの「99%」の低い所得者の格差である。ウォール・ストリートを占拠せよというデモは、こういった現実に対する人々の怒りが現われたものだと言えます。現在は、ウォール・ストリートがアメリカを牛耳っているといっても過言ではない。

現在、アメリカでは上位1%が、約40%の金融資産を独占しており、これは2008年のリーマン・ショックまで拡大傾向にあった。また、CEOと従業員との格差もこの20年間、急速に拡大した。ピークの時には、従業員とCEOで報酬に500倍ほどの格差があった。一方、日本は、CEOの報酬が世界的に低く、10倍ほどの差しかない。東証一部上場企業の社長の平均年収はわずか3000万円程度だ。

このような格差社会は世界各地に広がっており問題化している。そこで、私の考えるところの「資本主義」について述べてみたい。資本主義は能力主義、実力主義であり、努力したものが報われるというすばらしいシステムである。しかし、物事には必ず二面性があるものです。

私は資本主義の最終的な到達点は、富の「二極化」ではないかと考えています。その最たるものが、現在アメリカで起きている「1%」「99%」の二極化現象です。富める者と貧しい者との格差の拡大です。これが資本主義の最終地点ではないかと考えます。

この二極化がさらに拡大していくとどのような現象が起こるか?。それは反乱であり暴動である。貧しい者が富める者からの略奪行為です。これは歴史が証明していることでもあります。中国における暴動もこれに近いものがあります。中国では、暴動、騒動、抗議デモが、年間20万件も起きているという。

実際、アメリカでは、この格差による暴動や略奪に対抗するために、富裕層だけのコミュティが形成されつつあるという。富裕層だけが一区画の町に住み、その中には学校もあり、病院もあり、スーパー・マーケットもある。教会もあります。治安の悪さから、町全体が外敵から守るため塀で囲まれて要塞化しています。夜になるとガードマンがその入り口を閉ざして、住民以外は出入りができなくしてしまうそうです。

自由主義、資本主義はすばらしいと言っても、このような環境では暮らすのはいかがなものでしょうか。日本においては、小学生が夜10時ごろ塾からの帰りだろうか、一人で電車に乗っている姿を見たことがある。しかし、アメリカではこのようなことはありえない。もし、小学生が夜10時ごろ一人で電車に乗っていたら、親は児童虐待で逮捕されてしまう。

ここにも格差社会の拡大による影響(治安の悪さ)が出てきている。現在、資本主義先進国であるアメリカがこのような状態にある。「1%」「99%」と聞けば、アメリカ以外にどこかの国を思い出さないだろうか。そうです。中国です。

中国の現在の政治経済システムは、実質的には社会主義市場経済であり、資本主義的手法による共産党という名前の一党独裁による政治経済運営体制です。

中国では「1%」の特権階級と「99%」の身分制度のある農民工をはじめとする低所得者階級。中国は共産主義国家である。アメリカと中国は主義主張のまったく異なる国家でありながら、経済的には「1%」「99%」の二極化。この二極化は、結果として同じようなものになってしまっている。

つまり、資本主義と共産主義は同類?、ファシスト国家?・・・。なんと皮肉なことなのだろうか。

日本はアメリカと同様の資本主義国家である。よって、日本も将来は現在のアメリカや中国と同じような国になってしまうのだろうか。受け入れがたい現実ではあるが・・・。

資本主義の最終的な行き着く先は、究極的な二極化となってしまうことである。これでは問題が生ずる。ではどのような経済主義が良いのだろうか・・・。私が考えるところの資本主義は、最終的に一部の人に富が集中してしまうというところ問題がある。これを解消するには、富の再分配が必要であろう。

その再分配も消費税のような、一律的な徴収によって再分配するのではなく、多くの富を有する者が法律的(税制)ではなく、自発的に自ら弱者に対して社会還元をするようなシステムが理想的な資本主義ではないかと考えます。たとえば、財団などを設立して社会還元を行う。また、現在あるNGOやNPOなどをさらに発展させるべきでしょう。はたしてそれは可能だろうか。

これらの「法律的ではなく、自発的に自ら」となると、これまた難しい。自発的な還元を実現するためには「人間は共存、共栄して行くものである」という、人間が本来生存していくための原点を立ち返らなければならない。このような深い考え方、つまり、レベルの高いイデオロギーが必要となってくる。そのためには、より人間的で高度な文化を作り上げなければ「自発的に自ら」とはならないと考えます。

私は、この理想的と考えられる資本主義のベースは現在の日本にあると思う。いや、日本以外にはないと思う。そのためにも、日本には政治的、経済的にも世界に通用する強いリーダーが必要とされます。

今後、日本は現在のアメリカや中国のようにはならないと私は思います。これからは、アメリカ経済の凋落、中国のバブル崩壊などが考えられます。これらに対し、日本は経済的に復活し、日本による日本型の資本主義がグローバルスタンダードとなる時代に入ってくると思っています。

日本は明治時代以前には、良くも悪くも鎖国制度が引かれており、また、島国であったため、容易に外敵に進入されずにいた。そのため日本独自の文化が形成されたという経過がある。その間に日本人には、共存、共栄という文化が培われてきた。つまり、お互いに助け合う相互信頼の精神が養われてきたということです。

また、日本の歴史は長く、単一民族国家であり、世界に類を見ない国である。日本ほどすばらしい国は世界中のどこにもないだろう。民度の高さ、素養の高さ、モラルの高さ、勤勉さ、マナーのよさ、向上心、もてなしの心、思いやりなど、どこをとっても世界から賞賛されている。特に、東日本大震災における日本人の行動は世界から賞賛されたことを思い出してほしい。「謙譲の美徳」という言葉があるが、このような言葉は日本くらいにしかないだろう。

どこかの国のように「恩」や「思いやり」などの言語のない国がある。それらしき言葉はあっても日本人が考える「恩」や「思いやり」とは程遠い。「恩」や「思いやり」の言語が無いということは、そのような文化がその国には無いということでもある。損得しか考えないような国は世界のリーダーにはなれない。世界には、日本の価値観とまったく異なる国がいかに多いか認識しておく必要がある。

日本には四季があり、それぞれの季節のうつろいや四季折々の食文化など、他国には無い独自のすばらしい文化が育まれてきたすばらしい国である。もっと自信と誇りを持つべきである。

元名古屋グランパスエイト監督のアーセン・ベンゲルが言っていた言葉が印象的だ。『信じられるかい?、こんな理想的なすばらしい国を築いたというのに、誇ることを知らない。日本の現実は奇跡にしか思えない。日本ほどすばらしい国は世界中のどこにもないだろう』と言っている。

ベンゲル氏が言うように、問題は日本のすばらしさ、突出したレベルの高さについて、日本人自身がまったく分かっていないことではないだろうか。海外に行って比較してみれば日本のすばらしさが痛いほどわかる。

最近、日本の経済システムや日本の文化のすばらしさに世界から注目されている。車などの工業製品の信頼性、技術力の高さ、寿司などの和食文化のすばらしさ、四季の織りなす風情、歴史のある伝統文化、さらには、漫画やアニメなどは世界を圧冠している。元フランス代表のサッカー選手のジダンは、日本のアニメ「キャプテン・翼」に感動して、サッカー選手になったという。

このように、すばらしいアイデンティティーを持つ日本人、近代化され完成された都市、古き良き文化が融合した神秘的で魅力的なニッポン。これからの日本は、自由主義、資本主義国家として世界をリードしていくべきである。また、それができる国である。

ワールドカップ代表と共に、自信を持って、ガンバレ・ニッポン。



   ≪ 信用取引の指標 ≫
2014/10/10(Fri)

2014/06/07 のコメントです。

株式市場は目先上昇基調にある。今後、往来相場を抜けるか興味深いところですが、これらに関係したニュースがありましたのでご紹介します。

『東京株式市場で株価が上昇傾向に転じるなか、先週1週間に国内の信託銀行が株式を買った額が、売った額を大幅に上回っていたことが分かり、市場関係者は年金基金が株式への投資を増やしたことが株価の回復を下支えしているのではないかと分析しているようです。

東京株式市場では先週、日経平均株価が4日続けて値上がりするなど上昇傾向が続き、1週間の値上がり幅は170円余りとなった。東京証券取引所のまとめによると、この1週間に国内の信託銀行が株式を買った額は売った額を2500億円近く上回り、およそ5年ぶりの規模の「買い越し」となったそうです。

信託銀行の「買い越し」はこれで5週連続で、市場関係者によると、信託銀行を通じた注文の多くは企業年金など国内の年金基金によるものとみられるということで、年金基金が株式への投資を増やしたことが株価の回復を下支えしたのではないかと分析しているようです。

一方、▽国内の個人投資家は3228億円の売り越し、▽海外の投資家は119億円の売り越しでした。株価の回復が続くかどうかを見通す上では、年金基金の買い注文が今後も続くかどうかに加えて、海外の投資家の動向も焦点になる』

6日に安倍首相が年金積立金管理運用独立行政法(GPIF)の運用見直しを前倒しするよう指示したことから、今後は何らかの大きなショックなどがなければ、年金基金が株価の下支えがあるのではないかと考えます。

このようなニュースはさておき、当研究所のヘッジ比率も「買い」ポジションが高くなってきているようです。前回説明しました日経平均の安値の10%高を抜けるかが節目となっているような気もします。

株価の変動はファンダメンタルズがベースとなりますが、我々、短期売買投資家にとっての重要な指標は、やはり需給関係でしょう。そこで、最近の需給関係、つまり、信用取引の推移を見ることにしましょう。

まず、現在の信用の買残(株数ベース)は本年の1月31日のピークより減少傾向にあり、また、売残は4月11日をボトムとして上昇傾向にあります。よって、信用の貸借倍率は、現在6.5倍となり縮小傾向にあります。

つまり、信用取引における売り圧迫は解消される傾向にあるこということです。また、信用取引の評価損は、現在マイナス12%であり、ボトムの15.6%からは若干改善されているようです。

過去の信用取引の指標などを見てみますと、買残や売残のピークやボトム、さらには評価損率などの推移を観察していくと、信用取引の指標と短期的な株価の山、谷がおおむね一致してくるものです。

今後の株価の展開は気になるものですが、あれこれ考えるより身近にある信用取引の指標などでも、ある程度株価の水準などは分かるものです。やはり、投資の最終判断は客観的な数値により判断するべきであると考えますがいかがでしょうか。



   ≪ 原因と結果と確率 ≫
2014/10/05(Sun)

2014/06/01 のコメントです。

株式市場は4ヶ月近くにわたり、14000円から15000円程度の往来相場を形成しています。行ったり来たりの小幅な展開では投資家も頭の痛いところです。投資家は「小幅な相場展開、つまり、もちあい期では目先的な売買(小すくい)で取るんだよ」などと言っています。理屈はその通りだと思います。

世の中はすべて理屈道理にはならないことは周知の通りです。何度も解説しましたが、これからもちあい期に入ると判断できれば、当然ながら目先的な売買は有効です。では「もちあい期に入る」との判断は何をもって決定するのでしょうか。

株式投資の解説などでよく見受けられますが「もし、上昇すると判断したなら。もし、下降すると判断したならば・・・」などの説明がある。これでは何の根拠もない。投資に一番重要な「上昇する、下降する」の判断根拠がまったく記されていない。非常に無責任である。

ここでの「上昇、下降」の判断は、主観的な判断ということなのだろうか。主観的、感覚的な判断では儲からないことは分かっているはずなのに・・・。

ある試行または観察(たとえば、さいころを振る)を行った結果起こり得る確率は、回数が増えれば増えるほど、ある一定の確率に回帰するのである。また、ある現象が起きた場合には、その現象(結果)には原因が必ずあるものです。

つまり、原因と結果、さらに確率的な要素を含んで事象は発生するものです。これらの視点から、投資の世界も見ていく必要があるのではないでしょうか。

話は戻って「上昇する、下降する」「もちあい期」の判断をこれらの視点から捉えるとすれば、いかがなものになるでしょうか。

ここでは、あくまでも私の個人的な判断として考察してみます。当然ながら、反対意見もあることを承知しながら話を進めてまいります。

まず「もちあい期」についてですが、「ここからがもちあい期」とは分からないものの、株価変動が一定の期間が経過した場合には、ある程度の捉え方は可能であると思います。

一般に、株価の変動幅が小さく、それらの変動が継続されている状態を「もちあい」と判断しますが、私は、その変動幅を「20%」と定義しています。たとえば、ある銘柄の株価の安値が500円とした場合、その20%高は600円となります。つまり、株価が安値を基準として、その安値から20%以内で変動している場合は「もちあい期」と判断しています。

では、その「20%」の根拠(原因)は何だということですが、これは「ある一定の確率」ということになります。私が膨大なシミュレーションを行った結果から導き出された数値です。もちろん、これらの数値に疑問を持つ方もおられると思いますが、それはそれで良いと思います。

以前に、私もこのシミュレーションから導かされた「20%」とは何なのだと考えたことがあります。そこで私が出した結論は、多くの投資家の心理的な利食い幅は20%であると考えました。短期的な売買において、利幅20%は納得できる利幅であり、多くの投資家が満足できる数値ではないかと考えました。このようなことから平均値である20%という数値に納得しました。

この考え方は今でも変わっておりません。ここで申し上げた「20%」は、あくまでも個別銘柄を対象としたものであって、日経平均やTOPIXを対象としたものではありません。では、日経平均やTOPIXなどの指標はどのように判断したらよいのだろうか。

ここでの「20%」は、あくまでも個別銘柄における平均的な数値であり、確率的な数値であることを申し添えておきます。

通常、指標等は個別銘柄の平均値などを利用して算出しています。そのため、私は指標における「もちあい期」の判断は「10%」としています。この数値を現在の日経平均に当てはめて見ると、日経平均はおおむね14000円から15000円の往来相場を形成していますが、安値14000円の10%高は15400円であり、現在の往来相場はこの範囲内に収まっています。

よって、現在の日経平均は「もちあい期」と判断しています。もし、これらの範囲を突破して範囲外に変動して行った場合には、トレンドが発生し上昇、または下降となったと判断できます。

私はこのような判断基準をもって相場を捉えていますが、絶対のない相場の世界ですから、そのほかの判断基準でも良いと思います。いずれにしても、物事は原因と結果、さらに確率的な要素で動いているのかなあと考えているところです。



   ≪ 投資基本の欠如 ≫
2014/09/30(Tue)

2014/05/24 のコメントです。

投資雑誌「ダイヤモンド・ザイ」に、株式投資家の実態なる解説が掲載されていましたのでご紹介いたします。投資家自身の投資手法と照らし合わせながらお読みください。

まず、その解説のタイトルは「投資で負けてばかりいる人の実態が判明、その共通点は銘柄選びへの執着だった!」であった。平均年齢は勝ち組よりやや低めで、投資歴が浅い人が多く、退職時に保有していたい額も控えめ。年齢は若いがネット証券で投資する人の割合は勝ち組より低く、コストには無頓着な人が多い、とある。

もう何年も投資をしているのに一向に勝てない人には、どんな問題があるのだろうか。ダイヤモンド・ザイ編集部では、この疑問を解明するために投資家1万人大調査を実施した。その結果から浮かび上がってきた実像とは・・・。

「負け組はリスク回避の管理を怠る習性があり、投資であるにもかかわらず元本割れが許容できない人も多い」と言う。投資家1万人大調査のデータをこまめに調べ、資産1億円未満で直近1年の成績が0%以下の人を負け組と定義し、勝ち組の人と比較してみた結果として・・・。

負け組の平均年齢は51.5歳とやや若めで、株や投信への投資年数が浅め。日本株での過去1年の実績は0.6%増と、80%増の勝ち組と比べるとかなり低い成績だ。また、投信を買っている人はわずか20%に過ぎず、NISAを開設している人も31%。低コストのネット証券で投資をしている人も28%と3分の1以下で、コストに気を配らない投資家が多いことがわかった。

投資スタイルでも、勝ち組との差が顕著に出ている。たとえば、「投資のタイプ」では、株では株主優待狙いがダントツで、投信でも分配狙いやローリスク・ローリターン狙いが多い。さらに、「1年間で許容できる損失」については、「元本割れは許容できない」人が48%と、リスクを回避する志向が強いことも判明した。

「最初の銘柄選びだけに注力し、その後はほったらかしで負ける!」。さらに、驚くべきは「投資のルール」で「守っているルールがない」という人がダントツに多かったこと。

「分散投資」はかろうじて20%近くになったが、その他の項目はおおむね10%以下。また、「銘柄選びのポイント」では、「株主優待」と「配当利回り」の2つのみが30%を超え、勝ち組に多かった「相場全体の動き」はなんと0%。非常に狭い視野で銘柄を選んでいる。そして、「会社名を知っているかどうか」を重視している人の割合も、勝ち組と比べると多いのが特徴だと言う。

「儲けるためのポイント」でも、売買タイミングよりも「銘柄選び」と答える人が多く、さらに「収支の確認頻度」は、株式投資においても「1日に1回」はわずか24%で、銘柄選びをした後はほったらかしにする人が多い。総合してみると「リスク
は回避したいけれど、買ったあとはほったらかし」という矛盾する行動が負け組の特徴だと言う。

結論として「元本割れを許容できない人は投資が何なのかがわかっていません。投資はリスクを前提でどう収益をあげていくかを考えなければならず、買った後にほったらかしにするのは愚の骨頂です。また銘柄選びだけに固執するのもダメ。株主優待、配当、知っている株かどうかだけで銘柄を選ぶのは、負けて当然です」と結んである

以上の内容から、リスク管理の怠慢、銘柄至上主義、投資ルールを持ち合わせていない、売買手数料などのコスト意識の希薄、元本割れが許容できない、分散投資の欠如、「相場全体の動き」の認識がない、などの問題点が浮かび上がってくる。

これらの問題点と投資家自身の投資手法と比較していかがでしたでしょうか。投資における最低限の基本が欠如していては儲かるはずもありません。



   ≪ 自由と権利と義務 ≫
2014/09/26(Fri)

2014/05/18 のコメントです。

「目に青葉、山ほととぎす、初がつお」。新緑の美しさ、新鮮さを感じる今日この頃です。四季の移ろいのある日本は、とても住みやすいくすばらしい国だなあと、つくづく思うところです。

さて、少し堅い話になりますが、「自由」とは何だろう。多くの人々は自由と聞けば、それは素晴らしいことであり、開放的なイメージを抱くことでしょう。まず、自由という言葉を聞いて嫌悪感を抱く人はいない。辞書には「自由とは自分の意のままに振る舞うことができること」とある。

どこかの国と違って、日本は自由主義社会であり、人々が自由に発言したり行動をすることができる権利を持っていて、それが法律に反する事でない限り、人はそれを尊重するべきであるということです。実にすばらしいことです。

経済においても、とりわけ投資の世界においては、その「自由」はいかんなく発揮され、最近はグローバルな時代となって海外の株式も購入することができます。株式投資ではどの銘柄を買っても売っても自由です。また、どれだけの資金量をつぎ込んでも自由です。これらの点ではまさに自由主義バンザイと言ったところです。

しかし、自由とはすばらしいことだけなのでしょうか。私は、すべてのものは対を成し二面性を持っていると思っています。たとえば、陰と陽、善と悪、苦と楽、正と負、富と貧・・・、このように物事はすべてバランス(調和)の上に成り立つと考えています。バランスが崩れると問題を引き起こすとになります。

話はちょっと逸れますが、あるとき知り合いの投資家に私の書いた「迷言集」を差し上げました。この迷言集は私が相場から学んだ投資の本質や人生感について書いてあるので、少しは投資のお役にたつのではと申し添えました。

後日、彼から「相場について何も書いてないじゃないか」と連絡があった。そこで私は「相場については直接的な言葉ではなく比喩的に書いてあるので、その深い意味を読み取って頂きたい」と申し上げた。語録の中の「自由とは素晴らしい。しかし、規律のない自由は暴走し、崩壊を辿る」を例をあげて次のように説明しました。

「株式市場は何を買っても売っても自由であるし、何株売買しても自由でしょう。しかし、何のルール(規律)も持たず自由に売買すれば、いずれ歯止めが利かなくなり暴走して、結果的には破綻するのではないですか」と説明した。理解されたか分からないものの、自由とはルール(規律)の中にあるものであり、そこにルールがなければいずれ崩壊してしまうものではないでしょうか。

株式投資に絶対はないものの、株式取引においては絶対的なルールがあります。それは信用取引における「追証」と「信用期日」です。これらのルールは、証券会社サイドの保全という意味合いもありますが、最低限、投資家を破綻させないためのルールであるとも解釈できます。もし「追証」や「信用期日」のルールがなかったとしたら投資家はどのような結果になるでしょうか。

一般に「権利を主張する者は多い。しかし、権利とは義務を果たしてから初めて主張できるものであることを自覚するべきである」とあるように、自由とは権利でありますが、投資の世界では自由という権利を守るためには、おのずとそこにルールという義務がついて回るような気がしてなりません。

一般社会において、人々は自由な発言や行動をすることができる権利を持っています。しかし、法律(ルール)を犯せばペナルティ(罪)が発生します。株式投資においても規律(自己ルール)を守らなければペナルティ(損)が発生します。

よって、株式投資で成功するためには、自己ルールの確立とその厳守ということになるのでしょうか。



   ≪ 分からないことはやるな ≫
2014/09/19(Fri)

2014/05/09 のコメントです。

私の語録に「欲しい物があったら必ず自分で取りに行け。外部のささやき、甘言はすべて拒否せよ。外部のすすめで失敗すると「恨み」だけが残る」とある。つまり、人の勧めには安易に乗るなということです。

「人の勧め」、つまり、セールスなどが昼夜に関わらず攻勢してくる、「これは有利ですよ。これは儲かりますよ」などと、いかにその商品がすばらしいかをまくしたてる。BSチャンネルのコマーシャルなどはその典型かもしれません。これらのコマーシャルも毎日毎日見ているとサブリミナル効果となり潜在意識にインプットされ洗脳されてしまう。

『サブリミナル効果とは、意識と潜在意識の境界領域より下に刺激を与えることで表れるとされている効果のこと』

人に勧めることは、勧められる人にもメリットもあるかもしれませんが、一番メリットがあるのは勧める側であることを自覚しておかなければならない。勧める側に何のメリットもないのに勧めるわけはありません。ボランティアではあるまいし。ともかく、日本人は、お人良しで疑うことことを知らない。「振り込め詐欺」がなくならないのもその辺りにあるのでしょうか。

さて、これらと同様の話ですが、我々の業界でも一時期NISA(ニーサ)の売込みが激しかった。NISAとは、小額投資非課税制度というもので、最高100万円までの株や投資信託などの運用益や配当の利益に税金がかからないシステムである。

誰彼かまわず、100万円までの投資ならどれだけ儲けても税金はナシにしてやるからと、うまいことを言って口座数を増やしてるのです。日本の眠っている金融資産が1600兆円あると言われており、そのお金をわずかな定期預金の利子で増やすよりは株でもやって増やせという、まさに国策事業です。

当然ながら私のところにもNISAの誘いがあった。私は言ってやった。「私は人の勧めは一切受け付けないことにしています。これを信条として生きていますから・・・」と言ったら、その後一切勧誘はなかった。

NISAは一般市民に投資に関心を寄せるためとも言われていますが、NISAにはいろいろ問題があり、制度を変えるべきという考えの人が増えてきました。どういう状況なのか考えてみましょう。

人間の心理としては、口座にお金を入れたら、早速何か株を買ってみたくなるはずです。現在、株価はやや下降ぎみであり、NISA口座のほとんどのお客さんは、含み損を抱えている気がします。

NISAに100万円のお金を口座に入れると、無税としての取引可能額は現物の100万円のみなのです。従来の株取引は回転売買と言って、100万円分の株を買って、それを失敗して95万円で売れば、また95万円から、別の買い物ができた。NISAはその再利用が非課税としてはできないわけです。

つまり100万円で、年に1回か2回のチャンスを的中させて、それで利益確定を狙うことはトップディーラーですら困難なことを全くのビギナーに強いているのです。

個人投資家が含み損を抱えている現在ですが、大手企業側は安定した株の引き受け先が見つかってひと安心していることでしょう。しかも、将来は総額50兆円ほど。仕方ないので各企業の優待券とかもらって気長に待つしかありません。結局、NISAは各企業や証券会社に非常に有利だったということです。

以上のように、人の勧めには慎重に対処するべきであり、安易に乗らないことです。もしあなたが、何の知識もなくセールスの「儲かりますよ」の言葉を信じ、その話に乗って失敗したらどうしますか。

資産が多くあれば「仕方がない」で済ますことができるでしょうが、もし、虎の子の資金を投入して失敗した場合はいかがでしょうか。怒り狂って「だまされた」となるでしょう。人を恨むことは勝手ですが、欲をかいてその話を受け入れた無知だった自分に、その責任の半分はあることを忘れてはいけない。

結論としては「人の勧めには乗るな。分からないことはやるな」ということです。やるなら自分で勉強して納得してから始めるべきです。



   ≪ 何かが間違っている ≫
2014/09/14(Sun)

2014/05/03 のコメントです。

株式市場は現在やや下降気味のもちあい状況にあります。株式投資は流れに沿った売買が効率的と考えますが、現状ではその流れがない。流れがなければ儲けることもできない。これらのこう着状態は内外要因の不透明さにあると考えられます。

もちあい期は、市場エネルギーの調整や蓄積の期間であり、株価の変動には必ず付いて回るものです。もちあい期間が長ければ長いほど、休養十分となりその後のブレイクは大きなものとなります。

信用取引の二市場残(大阪市場が廃止されたため従来の三市場から二市場になりました)を見てみますと、貸借倍率(株数ベース)は7.4倍、評価損率はマイナス13%前後となっています。貸借倍率が大きいため買残の多さが気になりますが、内部要因から見ればこのあたりが株価の膠着状態の原因ではないかとも考えます。

さて、一般的に今後の株価を予想する場合、現在の状況をベースとして、業績が増益となるか減益になるか、さらに増益となった場合、その増益幅はどのぐらいであるかなどを検討し、株価が上昇するか下降するかの予想をたてるのが通常であろう。

企業業績が増益となれば株価は上昇し、減益となれば株価は下降する。当然のことです。これらは理論的であり普遍的なものであろう。もし、これらが正しいとすれば株式投資で損をする人はいなくなるはずです。

しかし、株価の変動も世の中の動きもすべて理論どおりには動いていないように見えます。理論どおりに動かないのは、当然ながら理論以外の多くのファクターが存在しているからである。これらが作用して「理外の理」となるのではないかと考えます。

私は、その多くのファクターのなかで多くを占めるのは「人間の気持ち」ではないかと思います。景気も気持ちしだいという人もいます。たとえば、投資市場には万年強気派と万年弱気派がいる。また、評論家にも強気派と弱気派がいる。万年強気派が強気派の評論家の記事を読めば、当然ながら「行け、行け」となる。

投資においては強気派でも弱気派でもどちら良いのですが、投資には絶対的なものはなく、通常は、現在自分が置かれた状況によって強気になったり弱気になったりするものです。本来、投資の世界には強気も弱気も存在せず、ただ、出された数値を客観的に見て判断し行動するだけのものではないでしょうか。

私が常日頃から申し上げていますが、投資において一番難しいことは「投資家の感情のコントロール」なのです。人間にはそれぞれ異なった感情を持っています。生まれたときからすでに備わっている感情もあるかもしれません。強気も弱気も個人個人が持ち合わせた感情なのです。これが個性でもあるのです。

投資において一番難しいことは「投資家の感情のコントロール」であると述べてきましたが、投資のために個人個人の感情や個性を変えることは、まずできないと思います。経験や体験によって多少の感情はコントロールできたとしても人間を根本から変えることはできません。

今まで弱気派だった投資家が何らかの方法で強気派となったとしても、追い詰められ究極の選択を迫られた場合、結局は元の弱気派に戻ってしまうでしょう。よって、人間の本質は変えられないのではないかと考えます。

投資においては、強気派でも弱気派でもかまわないと思います。強気派が儲かって、弱気派が儲からないということはまったくないと思います。強気派は相場上昇期には儲かりますが、下降期には大損するかもしれません。反対に、弱気派は相場上昇期には損をしますが、下降期では空売りで大儲けするかもしれません。つまり、強気派、弱気派は投資の成果にはあまり影響しないと考えます。

以上のように、強気派でも弱気派でも投資の成果にはあまり影響しません。本来、投資の世界には強気も弱気も存在しないということになります。では何が投資成果に影響してくるのでしょうか。

投資家個人の性格は変えることはできないし、また、性格(強気、弱気)が投資成果に大きく影響してくることはないことが分かった。では、他に何があるのだろうか。

我々投資家は、売り買いの判断するときには、外部の資料や情報によって判断を下すことが多いのではないでしょうか。たとえば、会社情報や四季報、テレビのニュースや新聞、仲間同士の情報交換などによって判断を下すことが多いようです。

もし、仮にそれらの情報がすべて間違っているとしたらどうなるでしょうか。それらの情報を信じて売買した投資家の多くは損をすることになるでしょう。会社情報や四季報で「来期増益」となっていてれば、それは正しいでしょう。しかし、それらには6ヶ月から9ヶ月のタイムラグがあることをご存知でしょうか。また、我々がそれらを知りえる前に知っている人がいることをご存知でしょうか。

逆説的に、結果的に損をしたということは、それらの情報は誤りだったといえるのではないだろうか。これらは極論、暴論ですが、当たらずしも遠からずといったところではないかと思います。

現在受けている投資情報は「我々は末端の受信者」であること。情報源の真偽のほどは分からないこと。情報により株式投資を行う投資家には、これらのことを十分に見極めて判断する必要があります。よって、投資の成果は投資家の強気や弱気などに起因するものではなく、まずは情報の真偽を判定することではないでしょうか。

まわりくどい話となってしまいましたが、突き詰めると、投資で儲からないのは何かが間違っているということです。その間違いをいち早く見つけて修正できる人が勝者となるのです。

ゴールデン・ウィークを迎え、旅行やレジャーに楽しんでいると思いますが、大いにリフレッシュして英気を養ってください。



   常にニュートラルな立場で
2014/09/07(Sun)

2014/04/26 のコメントです。

株式市場は直近3ヶ月間もちあいの状態にある。もちあい幅も小さく、これでは儲けたくても儲けられない。このような状態の中で、投資家は「儲からないのは何が原因なのだろうか」と大いに悩む。

我々、短期売買の投資家は利幅を求めて売買しているのであるが、その変動幅が小さく行ったり来たりでは儲かるはずもない。儲からない原因は現在の相場変動にあるのです。その手法や考え方に原因があるのではありません。焦らないことです。

あるウェブサイトの投資の欄に「このような相場では逆張りで売買し、相場にトレンドが発生したら順張りで行くのです」とあった。まさにその通りである。しかし、何か抜けていませんが?。「トレンドが発生したら・・・」は何を持って判断するのでしょうか。まったく無責任なアドバイスである。

さらにひどいのは、「上がると判断したなら買って、下がると判断したら売ることです」などと堂々と言っている。まったくひどい話である。このような記事が株式投資記事のトップに掲載されている。

また、面白いコラムがあった。「日経新聞の推奨銘柄は全部下がる」と。まさに投資の世界は玉石混淆である。このように投資業界では何を言っても咎めがない。なぜなら、投資の世界には答えがないからなのでしょうか。

相場の世界とはこのような世界なのですから、正しい情報も間違った情報も入り乱れて混在しています。よって、投資家はこれらを取捨選択しなければならない。とは言っても、これらの判断は個人投資家には難しいものがあります。

人間の心理として、自分に興味のあるものには目が行くが、それ以外のものはスルーするものです。たとえば、相場が急落して持ち株が大きくマイナスとなった時などには、いつ反転するかなどの記事を真剣に読みます。反対に、さらに急落するなどの記事は恐ろしくて見ることができません。これが人間の心理というもです。

逆に相場が急上昇となったときは、どこまで上がるかの記事に目が行きます。つまり、自分の置かれた状態によって、その視点が変わってくるということです。このことを十分理解しておく必要があります。

以上のように、市場の変動や持ち株の損益によって投資家の心理は大きく変わってきます。人間の心理からすれば当然のことですが、このことは、すなわち相場に振り回されていることになるのです。相場に振り回されていては儲かるはずもないことは誰でも知っていることです。しかし・・・。

私はほとんどテレビは見ませんし、新聞などもあまり見ません。もし、テレビと新聞からしか情報を得ていないとすれば、そのテレビと新聞の情報が知らず知らずのうちに、それらがすべて正しいと洗脳されてしまいます。

反論もあると思いますが、私は現在のテレビ報道のほとんどは「やらせ」であるし、新聞などは偏った報道であると思っています。日本の報道は大きく間違っていると思いませんが、今話題となっている韓国や中国の問題は、それぞれの国のプロパガンダによって洗脳された結果によるものと考えています。

このように「知らず知らずのうちに・・・」というのは怖いもので、結果的にそれらがすべて正しいと洗脳されてしまいます。

つまり、私が申し上げたいことは「投資の常識は非常識」ということです。投資の常識を信じて投資活動を行っても儲からない。儲からないということは、その考えが間違っていることです。間違っているということは、間違った情報によって行動しているからです。

投資の世界に限らず、世の中は常に客観的にニュートラルな立場で判断する必要があるのではないでしょうか。



   ≪ マスメディアの功罪 ≫
2014/08/14(Thu)

2014/04/19 のコメントです。   

直近の信用取引の評価損率は追証ギリギリです。このような状況下、投資家は不安を感じています。その不安を解消しようと投資家はあらゆるメディアを検索し、今後の見通しなどの情報収集に必死になっているようです。これらは不安から生ずる当然の無意識な行動であり、メンタル面での不安を解消するのには、ある程度の効果があると思われます。

しかし、情報化社会となった現在では、多くの情報が氾濫し、その真偽のほどを確かめるのも難しいものです。これらの情報は、受け取る側の状況や心理状態によって大きく変わってしまうものです。

株式投資であまりにも大きな損失を被り、パニック状態のところに「この銘柄は絶対」などの記事があれば、ついつい信じ込んでしまうものです。これが人間の心理というものでしょうか。人間は言葉で聞くより活字になった情報を信じる傾向が強いとも言われています。どのような人がどのような立場で書いているのか分からないのに・・・。

相場暴落時では『株式市場が大きく下がれば下がるほどチャンスとなります。株式市場が大きく下がったら「目をつぶって買う」という投資戦略を取るのが、金融恐慌相場の鉄則ということになります』などの記事もある。まるで清水の舞台から飛び降りろとでも言うのだろうか。誰が書いているのか顔を見たいものである。相場の鉄則は損切りぐらいなものだろう。

予測が外れても解説者は「ごめんなさい」で済むが、それを信じた投資家はそうはいかない。解説者の記事を見て投資して失敗すると、当然ながらその解説者を恨む。自分がその情報を受け入れたという自己責任も忘れて・・・。恨みからは得られるものは何もない。

不安を解消するのに情報収集をすることは良いとは思いますが、その際には、情報を受け取る側が常に客観的で冷静な状態でなければ正しい判断ができないと考えます。しかし、冷静であればこれらの情報に耳を傾けることもないのだが・・・。不安な状況であるから情報収集に走るわけですから、ここに矛盾が生じてくるわけです。

そこに矛盾が発生し、矛盾は悪循環を引き起こす。悪循環は投資の世界においては損失を意味することになります。

一般的に問題を解決・決断する場合には、プラスの面とマイナスの面の両方から判断しなくてはなりません。株式投資の場合は、たとえば「ここは大底だから買いに入ろう」と判断した場合、情報収集も自分にプラスの情報を意識的に見るようになってしまいます。しかし、投資にはリスクもあるわけですから、万一、反対の展開になったら「このようにしよう」という対策も同時に取っておかなければなりません。

要するに、投資家は「常に客観的で中立的な立場」から市場を判断しなくてはならないということです。さらに言えば、できるだけ少数派の意見にも耳を傾けねばなりません。往々にして相場の世界の情報は、市場の動向に追従し、振り回されて極論に走る傾向があるため注意しなければなりません。

私は常に相場の世界から社会を見ています。すると、一般社会にも大きな矛盾があることが良く分かります。感じることは、現在の社会は情報化社会であり、その多くはマスメディアからの情報であり、これらのマスメディアの報道の仕方によっては、善悪は別としても社会を大きく変化させてしまうことにもなります。

さらに、マスメディアであっても、ひとつの利益追求の企業であることを理解しておかねばなりません。利益を上げるためには大衆に迎合した記事を書くことになります。これではマスメディアの本質である真実の報道とかけ離れます。

以上のように、我々投資家の正論としては、マスメディアなどの情報に振り回されることなく、信念を持って客観的で冷静な投資スタイルで挑みたいものですが、これがなかなかできないものです。

昨今では中国のシャドー・バンキングやウクライナの問題がクローズアップされています。この問題がどのように波及してくるか分かりませんが、マスメディアでは、この問題に対して一様に距離感があるようで、大騒ぎしている割には他人事のように感じられます。しかし、これらは単にタイムラグの問題でしかなく、実体経済への負の影響が表面化したら一気に日本の危機が深まることは歴然としています。そのためにも、我々は今からその対策を講じておかなければなりません。

さて、投資の世界で利益を上げ続けられるということは、翻って、大きな損を経験し、それらを苦悩の末に乗り切った先にあるものです。最初から勝ち続けるような投資家は、結局どこかで大きくやられてしまいます。しかも最初に負けた投資家よりも大きくやられることになるのです。しかし、負けることは決して嬉しいことではありませんが負けることも時として必要であると思います。

負けは負けでも、他力本願による負けと自分で判断した後の負けでは大きく異なります。前者では恨みが残り、後者では体験が残ります。

負けた時は誰でも落ち込むのが自然です。無理に強がる必要もありません。落ち込む時はとことん落ち込んだらいい。これが自然体である。そして、落ち込んだ後は失敗を糧に前進すればいい。一番よくないのは、落ち込んだままの状態でいつまでも失敗を引きずることです。これでは更に失敗を招くことになります。

失敗を忘れるということではありません。同じ失敗を繰り返さない為にも負けたことは忘れてはならない。判断を誤ることは正常なことです。それを修正しないことが良くないのです。

投資活動がうまく行かなくなると、つい情報収拾に走ったり、他の手法に目移りする。しかし、どこにもおいしい情報や必勝法などありません。自分の過去の売買から学ぼうとしない人間は進歩はない。求める答えは自分の手の内にあることを理解するべきです。負けた売買は貴重な財産です。そこから学ぶことにより、将来における失敗を駆逐することができるのです。よって、自己判断の失敗は成功と同等の価値があるのです。



   ≪ 人の勧めには乗るな ≫
2014/08/06(Wed)

2014/04/11 のコメントです。

東京株式市場で日経平均は大幅続落となった。米国株の大幅安も受けて終値で2013年10月8日以来、約半年ぶりに節目14000円を下回った。指数寄与度の大きい銘柄の下げもきつく、個人投資家の追い証(追加保証金の差し入れ義務)発生を懸念した売りなども指摘されている。

やはり、15000円の壁は厚いようです。15000円の壁はテクニカル面においても、また、心理的な面においても大きな壁になっているようです。昨年、最大の上昇を成し遂げた日本株でしたが、ここ最近どうも様子がおかしい。株価の振幅は新興国よりもはるかに激しく、株価は国内要因には反応せず、海外要因にばかり振り回されている。

日本の株式市場は、外国人投資家が事実上支配しているようですが、今年に入ってNISAで株を買い始めた個人投資家に対して外国人投資家が売ってきているという。このような要因も重なり株価の振幅を大きくしている模様です。株価が下がった結果、個人投資家はいきなり塩漬けになってしまったようだ。

また、信用取引の内部要因ですが、貸借倍率(株数)は7.5倍、評価損率は3月20日にマイナス15%割れとなっています。現在の株価水準では評価損率はさらに拡大していると思われます。つまり、追い証水準であると言うことです。注意を要します。

私は常日頃から「人の勧めには乗るな」と申し上げています。「儲かりますよ。有利ですよ」などというのは、勧める側が有利であり、儲かるわけですから・・・。勧める側に何のメリットもなければ勧めるわけはないのですよ。

私の迷言集には「欲しい物があったら必ず自分で取りに行け。外部のささやき、甘言はすべて拒否せよ。外部のすすめで失敗すると「恨み」だけが残る。」と書いてあります。このことを常に肝に命ずることです。

「証券会社の勧めでNISAで買った銘柄がすでに10%以上も損失となっている。どうしたものか。」との質問があった。私としては返事のしようがない。私は、先を読まない投資手法であるため回答が見つからない。

もし、それなりに私が回答したとしても、本人は上の空で聞いているだけに過ぎないでしょう。人の意見を聞いて自分を癒したいだけであることは十分承知しています。最後はやはり自分の判断となります。

さて、話題は変わりますが、今回発表しました「短期売買用データリスト」の非会員用の「お試し用」は、データの更新が1週間程度遅れたデータですが、シミュレーションには十分対応できますので一度お試しください。

「短期売買用データリスト」を見ると、一見マイナスが多いように見えますが、これは売買の回転が速いためであり、そのマイナス幅をご覧になって頂ければ分かりますが、その幅は一桁台に留まっています。これは、たとえ損切りとなってもその幅は小さいということを意味します。

現在のようなもちあい相場では、その実力を発揮できない面もありますが、相場が大きく変化(上昇または下降)した場合に「L損益」を「大きい順」に並び替えてみてください。短期売買ながら大きな利幅となっている銘柄が続出すると思います。

また、現在、他の手法で短期売買されている投資家においても、持ち株の決済や損切りのポジションとして参考にできるのではないかと思います。

「短期売買用データリスト」の並び替えや絞込みの検索ができる閲覧ソフト(無料)もございますので、これらのソフトを利用することにより自在に検証が可能です。「短期売買用データリスト」の閲覧ソフトは、当ホームページよりダウンロードできます。





   ≪ 自分を見出す ≫
2014/07/31(Thu)

2014/04/04 のコメントです。

多くの投資家が投資活動を振り返ってみると「大きく儲かったときもあった。しかし、トータルすれば損となっている」。多くの投資家はこのように答えるでしょう。過去に大きく儲けたときのことが忘れられず、今でも夢をもう一度と考え試行錯誤しているのではないでしょうか。

ギャンブルにおいても、最初に大儲けしたためはまってしまったという話はよく聞きます。こうした点では株式投資もギャンブルも似かよっています。しかし、株式投資とギャンブルは本来は次元の異なるものです。

しかしなぜ、上記のように株式投資とギャンブルが似かよってしまうのでしょうか。これらの共通点は「最初に、または、過去に儲けた」という点です。この点を掘り下げていくと、そこに「偶然」「ビギナーズ・ラック」という共通点が見出せます。

つまり、過去に儲けたことは「たまたまや偶然」だったのです。相場が大きく上昇したときには大きく儲けることができたが、相場下降期には損を出したなど、つまり「出たとこ勝負」となっています。

株式投資とギャンブルとは異なるものの、そこに何が欠けているか気がつきませんか。それは「相場しだい」「運しだい」となっているところです。そこに「自分」がないこと気づきませんか。

株式投資もギャンブルもそこに「自分」がなければ、いつも相場や運に振り回されているだけです。だから「勝ったり負けたり」となるのです。では、そこに「自分」を見出すとはどのようなことなのでしょうか。

私はギャンブルはしませんが、ギャンブルを好む知り合いはいます。そのような人から話を聞いていると、皆それなりの自分のスタイルを持っています。あるギャンブラーが言っていました。ギャンブルに入る前に、まず「場」の雰囲気を読むそうです。そして、その流れを読むのだと言うのです

その流れの中に必ず「勝ち馬」がいるそうです。つまり「ついている人」がいます。そのついている人に乗るのだそうです。勝っている人と同じように賭けるということです。勝っている人の動向を見ながら「場」の雰囲気を観察していきます。もし、その人が負けが続くようであれば、次の「勝ち馬」に乗り換えるそうです。

これらもギャンブラーの嗅覚に依存することになりますが、そこに「自分」があります。自分なりのセオリーがあります。ギャンブルの場合は、そこに明確な根拠があるわけではありませんが、ギャンブラーには、ギャンブラーなりの洗練された嗅覚や流れを把握するスキルを持つことによって、他のギャンブラーより勝ることができるのでしょう。そこに自分で判断するという「自分」があるのです。

では株式投資の場合はいかがでしょうか。やはり投資においても「運」や「偶然」に任せるのではなく、そこに「自分」を見出すべきでしょう。つまり、投資に対して自分なりのスキルを見出すべきです。そうすることによって相場に振り回されることなく、自分なりの投資スタンスで相場を見ることができるのではないでしょう
か。

相場を客観的に見ることができることによって「運」や「偶然」が排除でき、相場を自分のものにできるのです。


◆お知らせ----------------------------------------------------------------

このたび当研究所では、短期売買向けの株式分析システム「短期売買用データリスト」を発表いたしました。

「短期売買用データリスト」は、売買期間が平均で20日前後という短期売買を主体としたデータリストです。仕掛けから決済まで完全にフォローされており、また、各銘柄ごとにランキングや勝率や年間パフォーマンス、直近の損益、本日の転換サインなどが記載されていますので銘柄選択も容易にできます。信用取引が可能な銘柄を採用しているため、「買い」および「空売り」の売買が可能です。

「お試し用(無料)」が用意されていますのでシミュレーションなども可能です。なお、「お試し用(無料)」は、一週間程度遅れたデータですが日々更新されます。

「短期売買用データリスト」は、当研究所のホームページで閲覧できます。

また、「短期売買用データリスト」の並び替えや絞込みの検索ができるソフト(無料)も同時に発表しました。当ホームページよりダウンロードできます。

ぜひ、一度お試しください。

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