| 2025/06/01 のコメントです。
 日本列島には多くの災害も発生します。台風や地震が発生し、まさしく日本の歴史は災害との戦いであったといっても過言ではないでしょう。
 
 自然災害は天災でもありますが、負の裏には正があるように災害に対して人々は助け合うという精神が育まれてきました。先の震災時でも災害時の日本人の行動に世界から賞賛されました。日本人の民度の高さは世界一であることは間違いありません。
 
 最近は近隣諸国より日本パッシングが多いようですが、民度、素養の高い日本人として、また世界で一番長い歴史を持つ日本人として、自信を持って海外に発言していくべきと思います。
 
 さて、最近の株式市場を見てみると、外部環境の不透明さもあって、今後の市場の展開が読みづらい状況にあります。私自身は相場の先読みはしませんので今後の展開などは気にしていません。日々の相場の変動で判定し、それらの変動に追従していくだけです。
 
 私は現在でも相場の研究は欠かしません。最近は研究に没頭するあまり体調はいまいちです。私は今まで会社勤めをしたことがないので時間の管理が不得意です。気分が乗ると朝まで研究調査を続けるという状況です。
 
 当然ながら私の仕事は運用とその研究です。運用については一日数分で終わりますので、そのほかのほとんどの時間は研究に費やしています。
 
 ご存知のように、私の投資手法は短期のテクニカル分析です。テクニカル分析は過去のデータの検証となります。ある人からは「過去の検証をいくらしても将来は分からないよ」と非難されていますが、私は将来を予測して売買しているわけではないので心の中では「おせっかいはよしてくれ」と思うばかりです。
 
 前記のにあるように「日本人の民度、素養の高さ」は過去の長い歴史から育まれたものであり、現在があるものと考えます。テクニカル分析も長い過去のデータにより現在の水準があるわけで、これらを検証することは意義のあることではないかとひとり思い込んでいます。独りよがりかも知れませんが・・・。
 
 しかし、皮肉にも「民度、素養の高さ」と相場の上手さには相関はないようです。逆に、民度、素養の高さは投資判断の足を引っ張るようです。なぜなら、投資とは他人の裏をかいて儲ける行動だからです。だから日本人は投資には不向きなのだろうかと考えてしまいます。
 
 投資は欲得の世界であるため、どうしても感情が前面に出てきます。投資では往々にして感情は成績に寄与しないことが分かっています。よって、投資家はこれらの点について改めて考えてみる必要があるでしょう。
 
 
 
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